※アンケートは、(株)マーシュ協力の下に収集した、20 ~ 30代の中高一貫校出身者(100名)からのアンケートを、ドリーム・ナビ編集部で編集したものです。

Q1 中学受験をしたきっかけは?

の方針で受験したことが主なきっかけ。個人的には、地元の中学の制服がブレザーで、あまり可愛くなかったことも受験した理由のひとつ。制服がセーラー服の学校を受けた。(湘南白百合学園 2005年卒)

学校低学年の頃、アメリカに住んでいたため、英語が喋れた私。中学に入学して、アルファベットの書き方から習うのが嫌だったため、帰国子女のための英語の授業が行われる学校を条件に、中学受験をした。(渋谷教育学園渋谷 2004年卒)

親も従兄弟もみんな中学受験していたので、自分も受験をすることに。最初はよくわからなかったが、塾で知り合った友達と仲よくなり、受験勉強そのものが楽しかった。(鴎友学園女子1994年卒)

レビドラマの『あばれはっちゃく』で、私立中学のことを知った。親に聞いたところ、母親が私立中高出身で、また電車に乗って通学できると知り、受験をしようと決めた。(明治大学付属中野 1994年卒)

域の公立中学が荒れていたことと、母の大学時代の友人に、中高一貫校からの進学者が多く、自分の娘もそのような環境で勉強させたいという希望から、受験をすることに。(頌栄女子学院 1992年卒)

Q2 中高一貫校のよさってどんなところ?

庭の経済力が似通った友人が多く、価値観も卒業後の向かうベクトルも似ているため、切磋琢磨できる。公立出身の友人の話を聞いても、中高一貫校は授業や教師のレベルが高いと感じる。(攻玉社 2001年卒)

活動も中高で継続して行われるため、指導に一貫性が出るのはよいところだと思う。私は、部活で県大会に出場し、よい成績を収めることができた。(桐光学園 1998年卒)

験のために、「とにかく暗記する」という勉強をする必要がない。暗記に追われないので、本当の学力がつくと思う。それぞれの学校に、力を入れている科目や教育方法があり、それが自分と合えば、力がどんどん伸びていく。(日本女子大学附属 2006年卒)

学、高校の勉強が、学校独自の流れでできるのはよいと思う。本来、高校で学ぶべき勉強を、中学時代に少し習ったりしていた。(品川女子学院 2006年卒)

春期という多感な6年間をともに過ごしていたおかげで、今でも数人の友人とは、たまに飲みに行くなどのつき合いがある。バカなことをやっていた、当時の経験を思い出して話していると、今も連帯感や友情を感じる。(国学院久我山 1998年卒)

校受験がないので、たくさんの経験ができた。海外留学の制度があり、イギリスに留学した。クラブ活動も積極的に行い、全国大会に出場するクラブもたくさんある。毎日が充実していて、学校に行くのが楽しみでしょうがなかった。(同志社女子 2003年卒)

立と違って、変わった風習や名物先生がいて、卒業生は世代を超えて思い出話に花が咲くし、女子校ならではの雰囲気で、のびのび過ごせた。(和洋国府台女子 1993年卒)

Q3 あなたの母校ってどんなイメージ?

面目な子が多い。校内では、かなり反抗的で制服を崩して着ていると思われる生徒でも、一般的に見ると大した乱れではないと思う。みんなしっかり勉強する勤勉な性格で、都会にある割には、素朴な子が多いかも。(豊島岡女子学園 2002年卒)

見、おっとりした天然体質に見えるが、自分のやりたいことに対する努力を惜しまず、夢を実現するまであきらめない力を持つ子が多かったと思う。(頌栄女子学院 1997年卒)

多。男女併学、マンモス校という特徴から、ひとつの社会ができていたように思う。根が強い、目立ちたがりの子が育つ校風。(桐蔭学園 2006年卒)

由で、生徒の個性を尊重する校風。現在は、社会で自立する女性を目指すためのプロジェクトが行われていて、他校にはない個性がある。全体的におしゃれなイメージ。(品川女子学院 2003年卒)

エリート進学校だけど、その能力を社会に還元する人を排出している。商売でも、アカデミックでも、人道貢献でも、とにかく、何かしらの分野で社会に貢献しようとする、気持ちの大きな人々が集い、育って行く学校。(筑波大学附属 1997年卒)

較的裕福な家庭の子が多く、まったりとした草食系男子の集まり。(暁星 2009年卒)

武両道で、何事にも全力で取り組む。仏教の学校なので、修行を兼ねた勉強合宿を行うという厳しい面もあり。(洛南 1995年卒)

系が多いので、理論で物を言う人が多い。相手が主張を理論立てて話すと、自分の主張と相違する部分でも、納得してくれるような柔軟さを持ち合わせている人もいた。(東邦大学付属東邦 2003年卒)

Q4 印象に残っている授業は?

ロテスタントの学校なので、毎朝礼拝があり、聖書の時間があった。私も家族も無宗教だが、聖書の先生の言葉は愛にあふれていた。高校では、英語などは能力別クラスになり、いつも下のクラスだったが、それはそれで楽しかった。(女子学院 1995年卒)

校のときに受けた政治経済の授業。先生がとても丁寧に、教科書から実際の難関大学の過去問まで解説してくれた。そのクラスが15人くらいの少人数だったこともあり、ひとりでもわからない生徒がいれば、授業の時間を使って解説してくれた。(城北埼玉 2010年卒)

校の古文の授業で、紫式部が出てきたとき。「同じ女性として」という観点から、その生き方やエピソードを、おもしろく女性の先生が教えてくれた。(大妻1992年卒)

活の中で何気なく気になっていることをぽろっと言ったら、先生が実験をして理解させてくれた。それで理科好きになり、理系大学に進学した。また、古文の授業で『あさきゆめみし』という漫画を読んだことが印象に残っている。(渋谷教育学園渋谷 2004年卒)

校内でホタルを飼育していたので、理科の授業でホタルの観察をした。また、家庭科の授業で、学校内に生えているよもぎを使って草もちを作ったこともある。(共立女子第二 2003年卒)

学3年生から理数コースに入ったので、1週間の大半は、数学と理科系の科目に明け暮れていた。生物の授業で、うさぎの解剖をしたのが印象的。(吉祥女子1991年卒)

理の授業で、中国の都市名の名前を、日本語読みと現地読みの両方で教えてくれた。たとえば四川は「シセン」と「シーチョワン」というように。(昭和学院秀英 2000年卒)

Q5 印象に残っている学校行事は?

鴨は、やたら行事が多いところだった。季節ごとに行事があったようなものである。春には山に登り、夏には海で泳ぎ、秋にはマラソンをし、冬には朝日が昇らぬうちから寒稽古をする。何だかんだで楽しんでいたように思う。(巣鴨 2009年卒)

校3年生の体育祭は、力の入れ方が半端ない。全ては演武披露に、準備期間も長く、勉強そっちのけで取り組んだ。(ラ・サール 1992年卒)

学2年生のときの、農業体験学習が印象的だった。実際に、農家にお邪魔して仕事を体験させていただいたので、とてもいい思い出になっている。(田園調布学園 2005年卒)

技大会、体育祭と、学年対抗で中高全生徒で行うのでとても燃えた。学年ごとのダンスもあり、中でも高3が制服で踊る、伝統のカドリールは感動的。(東京女学館 2004年卒)

唱祭や英語劇など、クラスで一丸となる行事は、衣装作りを含め、夢中で取り組んだ。どんなことも、プロ並みにできる子がいて、今振り返ってもすごかった。(女子学院 1990年卒)

術祭。アフリカの民俗音楽『ンコシシケレリアフリカ』を音楽の時間に勉強した。(立命館 1996年卒)

Q6 どんな部活に所属していた?

『テニスの王子様』ブームで、所属していたテニス部は、何と部員が約200名もいた。(早稲田 2006年卒)

高ともコーラス部に所属。一番有名なコンクールでは、毎年地区大会を突破できる程の実力校で、先生の指導力の高さにも定評があった。中学でも高校でも部長を務め、最大では80名をまとめる立場に立った。(豊島岡女子学園 2002年卒)

楽部に入部し、サックスを担当。毎年、音楽公演を行うため、合宿をしていたが、毎日朝から晩まで練習続きで、最終日には口の感覚がなくなる程だった。楽器ごとのコーチ陣はプロの演奏家の方にお願いしていたため、とても厳しかった。(三輪田学園 2002年卒)

が弱かったので、週1回の華道部に入部。最初は適当にやっていたけれど、先生がとても熱心で、師範の資格も取れた。(フェリス女学院 1996年卒)

術部アニメーション科として、実際に東映のスタジオを借り、アニメーション制作をしたことは、勉強にもなったし、とても楽しかった。(頌栄女子学院1997年卒)

学部で、算額という昔の人の作った数学の問題を調査しに、東北地方の神社を巡った。夏休みのその時期だけは、1日中山道を歩いていた。(明治大学付属中野 1994年卒)

学1年生の頃から、ずっとバレーボール部に所属。高校生が一緒に活動するので、最初はとても緊張する。しかし、長く見れば、いろいろと面倒見てもらって楽しかった。(芝 2007年卒)

Q7 そのほかに印象深い中高時代の思い出は?

校3年生になりたての春のこと。センター試験を受験する生徒が多いので、黒板には「センター試験まで後○日」と書いてあった。ある日、それを見た理科の先生が、その横にこう書き足した。「+365×n(n=1~∞)」。それを見て大笑いしたが、卒業するときになって、それが洒落ではなかったことに気づいた。(巣鴨 2009年卒)

ィファニーのアクセサリーを卒業記念にもらった。当時、初めて持つハイブランドのアクセサリーで、大人に近づいた気分になった。よいものだからこそ長く持つし、全員で同じものを持つことにも意味があり、とてもうれしかった。(品川女子学院 2003年卒)

生方が社会の厳しさ、女性が社会で男性とともに戦うことの厳しさを教えてくれた。「男女差別はいけないが、男女区別はある。女性だから、男性だから、ではなく、“あなただから”と、選ばれるようにしなければならない」と。(鴎友学園女子 1994年卒)

設のきれいさから、ドラマの撮影などに学校が使われており、友人とよく見学をしていた。(西武学園文理 2008年卒)

Q8 中高6年間の経験は今にどう活きている?

高時代の友達は、みんな自分を持っている人たちだったので、「自分は自分、人は人」という考え方が身についている。女子校だったが、べたべたしたつき合いやグループなどはなく、すごく居心地のいい環境だった。(女子学院 1995年卒)

に、部活と文化祭で、忙しくても期日に間に合わせる技術と、アイデアを絞って何とか企画らしきものを立ち上げる技術を身につけることができた。(東大寺学園 1999年卒)

と言っても「英語力」が身についたこと。仕事をする際も武器になるし、プライベートでも、英会話を親に教えたりしている。(フェリス女学院 1996年卒)

質の演劇やオペラを、校舎のホールで観ることができたので、大学に入った後の素養になった。(桐蔭学園 2006年卒)

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