「遺伝の影響がある」と言われると、子どもの可能性が事前に決まっているような印象を受ける人も、いることでしょう。しかし、子どもが育つ環境によって、表れる才能や個性は異なります。多くの親が気になる4つのテーマを解説しながら、遺伝と環境の不思議に迫ります。
※紹介しているデータは、遺伝に関する研究結果の一部です。研究対象者の年齢や国籍が変わることによって、異なる結果が出る場合もあります。

安藤 寿康先生
慶應義塾大学文学部教授。「首都圏ふたごプロジェクト」などを通じて、
遺伝と環境の関係性について研究する。
著書に『遺伝マインド』(有斐閣)など。

赤の他人でもDNAは99.9%同じ

子育ての中で少しずつ見えてくる、子どもの得意分野と苦手分野。特に、苦手分野に関しては、「遺伝の影響なら、克服できないのでは……」「環境を変えることで、苦手分野を克服できるのかしら?」などと、悩む親もいるはずです。

環境と遺伝。そのどちらが大切なのかは、多くの親が気になるテーマ。その問いに対して、慶應義塾大学の安藤寿康先生は、「まずは遺伝子が、人の個性や特徴にどのくらい影響を与えるのか、考えてみることが大事」と説明します。

「遺伝子は、すべての生命が持っている基本情報であり、あらゆる生命が、遺伝子の影響下にあるのは、事実です。遺伝子を物質的に司っているのがDNAであり、その塩基配列で生物の形質などが、形作られます」

しかし実は、生き物のDNAというものは、見た目に感じるほど違わないようです。

「たとえばチンパンジーと人は、98.77%同じ塩基配列のDNAを持っています。人間同士に至っては、赤の他人でも、DNAは99.9%同じです。数字だけを見ると、ほとんど無視できるような差に思えます。しかし、ほんのわずかに思える違いから、人種や目の色、髪質などの差異が生まれます。そして、わずかな違いが積み重なり、長い時間の中で、人間の多様性が生み出されてきたのです」

DNAのわずかな構造の差が、人の個性になっているということは、やはり遺伝は無視できない要素。子どもの成長にも当然、遺伝子は影響を与えるようです。

その一方で、安藤先生は、「環境が与える影響についても、忘れないでほしい」と続けます。

ふたごの行動が示す遺伝と環境の関係

安藤先生は、まったく同じ遺伝子を持つ一卵性双生児と、遺伝子の共有が50%の割合である二卵性双生児の比較研究を行っています。この研究を通して、IQ(知能指数)や心の働きなどに対して、遺伝と環境が与える影響を調べています。

「多くの人が、人生で一度は『そっくりなふたご』に出会ったことがあるのではないでしょうか。確率的には、125人にひとりの割合で、一卵性双生児は誕生しますから、社会的には、それ程めずらしい存在ではありません。しかし、生物学的に考えると、まったく同じ遺伝子を持つ人間が、ふたりいるということは、奇跡的なことです。現在、地球上の人口は約70億人ですが、一卵性双生児を除いて、同じ遺伝子を持った人間が、これまでに生まれたことはありません。今後、生まれる確率も、事実上ゼロだと言い切れるでしょう」

そして、遺伝や環境が、人の成長に与える影響を考える上でも、ふたごはとても重要な存在です。

「遺伝や環境が与える影響を科学的に分析する方法は、今のところ、ふたごの研究しかありません。もし、子どもが成長する過程において、遺伝の影響が支配的なのであれば、同じ遺伝子を持つ一卵性双生児は、どんな環境で育ったとしても、IQや行動の特徴が、ほぼ同じになるはずです」

しかし実際は、そのようにはなりません。

「一卵性双生児でも、成長とともに、なんらかの差異が出てきます。つまり、遺伝と合わせて、環境も重要な要素だと言えるのです」

遺伝と環境はセットで考えよう

遺伝と環境、そのどちらも重要となると、どちらがより強い影響力を持つのかが、知りたくなるところ。

しかし、安藤先生は「遺伝と環境は、個別に相対するものではなく、常にそれぞれが影響を及ぼし合う」と、解説します。

「私たち人間の遺伝子は、非常に多様な形で発現します。それは、遺伝子が、さまざまな環境へ適応しようとするためでもあるわけです。そのため、遺伝と環境を対立させ、どちらが強いかと考えるのは、本質を見失う恐れがあります。遺伝と環境は、常にセットとして捉えることが、基本です。その上で、それぞれの意味を考えることが、正しいアプローチです。前述の問いに対して、結論を言えば、遺伝と環境が与える影響の割合は、50:50が基本と考えるのが、よいでしょう」

子どもの個性や能力は、すべて遺伝の影響下にあります。その一方で、環境次第で、どんな遺伝子のどんな能力が発現するかが、変わってくるそうです。

「上のふたつのデータを見てもわかる通り、人は年齢を重ねるほど、遺伝の影響が強く表れてきます。逆に言えば、一生の中で子どもの頃が、環境の影響をもっとも大きく受ける時期なのです。そのため、子どもの遺伝的な可能性を引き出すために、親が環境を整えることは、とても大切だと言えるでしょう」



遺伝と環境の影響は年齢によって変化する

遺伝と環境は、常にその両方が子どもの成長に影響を与えます。また、その影響のバランスも、子どもの年齢によって変化します。下の2つのデータは、ふたごのIQについて調べたものです。

上の図1では、一卵性双生児と二卵性双生児のIQの類似性をまとめています。生まれてまもない頃は、一卵性双生児も二卵性双生児も、IQの類似性に大きな違いは見られません。しかし、年齢を重ねるつれて、一卵性双生児はIQの類似性が強くなります。一方、二卵性双生児はIQの類似性が低くなります。
上の図2は、ふたごのIQに影響を与える遺伝と環境の比率をまとめたものです。これによると、子どもが年齢を重ねるにつれて、遺伝の影響が大きくなります。しかし、子どもが小学生の頃までは、共有環境も子どもの成長に大きな影響を与えます。

遺伝の影響は知能にも表れる

「私は子ども時代、算数が苦手だったから、子どもも算数ができないのかしら……」というように、知能や学力については、特に遺伝の影響を意識してしまうものです。

では、実際はどうなのでしょうか。子どもの知能や学力に関して、遺伝はどれくらいの影響力を持っているのでしょうか。

この問いに対して、安藤先生からは、「知能や学力には、遺伝の影響が強く表れる」と、少しショッキングな答えが返ってきました。

「子どもの学力に影響を与える要素は、学校や教師、塾、家庭環境など、さまざまです。しかし、それにも関わらず、学業成績の約55%が、遺伝の影響で説明できてしまいます。学習環境の違いと同じくらい、またはそれ以上に、遺伝的要因が強いという結果です。約80%が遺伝に左右される身長ほどではないにしろ、子どもの知能や学力にも、遺伝の影響が強く表れることは、否定できませんね」

やはり、子どもの学力を考えるときも、遺伝の影響は、無視できないのです。ただ、影響の大きさは、知能の種類によって異なるようです。

「知能に関する研究では、学業成績、論理的推論能力、言語性知能、空間性知能、一般知能という能力を総称して、認知能力としています。これらの知能をふたごで検証した論文は、たくさん出されています。そして、論文の多くが、『認知能力の個人差に、遺伝の影響が無視できない高さで関わっている』ことを暗示しています」

安藤先生自身も、ふたごの研究を通して、遺伝と知能の関係について、調べているそうです。

「言語性知能や空間性知能などに関しては、私たちの首都圏ふたごプロジェクトでも調べました。その結果として、空間性知能では、約70%もの遺伝の影響が認められました。一方、言語性知能では、遺伝の影響が約14%にとどまり、共有環境が50%以上の影響を与えるという結果が出ました」

算国理社の4教科を念頭に置けば、空間性知能は、図形などの理解力につながりそうなので、算数をイメージさせます。また、言語性知能は、国語の学力に結びつくように思えます。しかし、一概に「算数の能力は、7割が遺伝で決まる」と断定することは、できないようです。

「たしかに空間性知能は、算数の学力に通じるところもあります。しかし、そのまま算数の学力を表すわけではありません。前述した研究結果は、あくまでIQを計測するためのテストの一環です。受験などに直結するような学力については、また違うテストを行っています」

その一例が、下で紹介している、ふたつのグラフです。

「このデータによると、数学では、ほかの教科に比べて、遺伝の影響よりも環境の影響のほうが、大きく出ています」

算数は遺伝の影響が比較的少ない

数学に遺伝の影響が少ないというのは、意外な結果です。その理由について、安藤先生は、数学や算数の特殊性を指摘します。

「たとえば、国語や社会に関しては、どちらもこの世の中に関する一般知識を用いるなど、リンクする部分があります。しかし、数学や算数で学ぶ公式や解法は、理科の一部の学習内容を除けば、他教科の内容とそれほどリンクしません。その意味で、数学や算数の学力は、特殊であり、訓練によって伸びるものだと考えられます。子どもが小学生のうちは特に、遺伝的資質よりも、子どもの学習量に左右されるのではないでしょうか。また、算数に興味が持てる環境が整っているかどうかも、関係してくると思います」

実験結果から見ても、「算数は才能」と決めつけるのは、明らかに早計なようです。

子どもが算数に苦手意識を持っているなら、それはもしかすると、問題の練習量が足りなかったり、親の苦手意識が子どもに伝わっているのかもしれません。

親の勉強する姿が子どもを変える

知能や学力は、遺伝子の影響を受けつつも、教科によっては、その影響が少ないものがある。

このような実験結果を受けて、親は子どもの学習面をどのようにサポートをしていけば、よいのでしょうか。安藤先生は、「遺伝的な要因を気にしすぎる必要はない」と、アドバイスします。

「遺伝的な要因それ自体は、もう変わりようがなく、放っておいても行動の中に表れます。ただ、親や周りの大人が、『算数が得意だ』『国語が得意だ』と勝手に判断しても、そもそも遺伝子に、算数や国語の才能が書き込まれているわけではないので、誤って判断してしまうかもしれません。それよりも、子どもが自発的に発現する能力を、支えてあげる環境を整えることを考えてみてはどうでしょうか」

教科ごとに割合の差はありますが、環境の要因も、すべての学力に関わってきます。そして、親が環境を整えるときは、子どもが自由に学べる工夫をすることが、カギを握るようです。

「言語性知能などは、共有環境に左右されるという研究結果があります。そして、この共有環境は、ルールがあることで生まれるというのは、前述の通り。ただし、『ルール=強制』ではありません。親の統制が強すぎる環境だと、学習のパフォーマンスは、下がってしまいます。『勉強する』という家庭のルールに、子どもが自発的に従う環境こそが、ベストと言えるでしょう。そのほうが、遺伝的な資質も表れやすくなります」

具体的な方法としては、「親が勉強している姿を見せるのがよい」とアドバイスします。

「たとえば、読書に関しても、親子で一緒に図書館へ行くよりも、親が本を読んでいる姿を見せるほうが、子どもは本好きになるという実験結果があります。まさに、『子どもは親の背中を見て育つ』のです」

教えるよりも、子どもに真似させる。遠回りのように感じるかもしれませんが、これが学力アップへの近道となるようです。



教科によって遺伝と環境の影響は異なる

子どもの知能や学力にも、遺伝と環境の両方が影響を与えます。そして、教科によっては、遺伝よりも環境のほうが強い影響を持つ場合もあります。

上の図1は、一卵性双生児と二卵性双生児の類似性を教科別に調べたデータです。すべての教科において、一卵性双生児のほうが類似性が高いですが、数学のようにあまり差が見られない教科もあります。
上の図2は、図1から算出した遺伝、共有環境、非共有環境の割合をまとめたデータです。算数や理科などは、遺伝よりも共有環境の影響が強いことがわかります。

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