校則がほとんどない自由・闊達さが魅力

----母校の受験を志したきっかけを教えてください。

新居 私立の小学校に通っていて、中学・高校のない学校だったので、基本的に全員が中学受験をする環境だったんです。受験を意識し始めたのは小4の頃。なぜ筑駒を選んだかと言うと、せっかくならば一番難しい学校にチャレンジしたい、と考えたからです。あとは制服がなかったことですね。小学校は制服があって、いつも制服って面倒だなと感じていましたから。
北村 あまり覚えていないんですけれど、姉も中学受験をしていたので、親に勧められたのがきっかけだと思います。「中高一貫だとのびのびできるよ」みたいなことを言われたんでしょうね。筑駒は自由というイメージが最初からあって、そこが魅力的でした。制服もないし、校則もほとんどない。小5くらいから四谷大塚に通っていましたが、小6で筑駒の文化祭に行って、入りたいという気持ちが一層強くなりましたね。

----実際に入学してみると、印象は変わりましたか?

北村 実はそれほど具体的なイメージを持っていたわけではないのですが、本当に自由でしたね。結構何でも好きにしていい。たとえばマンガやゲームを持ってきても先生に取り上げられたりしないし、休み時間にゲームをしても全然叱られませんでした。
新居 通学のときも、いつも歩きながらゲームをやっていたよね(笑)。
北村 よくふたりで一緒に通っていたんですよ。
新居 それと、驚いたのは"適当なやつ"が多いこと。僕は真面目だったので、掃除をサボる人がいるのに、すごくびっくりしたんです。未知のものに遭遇して戸惑いました(笑)。よい意味でも、悪い意味でも、多様性のある人たちに出会って、将来いろいろなものに触れる地ならしがそこでできたと思います。


----母校での先輩後輩や友人関係はどんなものでしたか?

北村 ふたりともサッカー部だったんですが、縦の関係はあまり厳しくはなかったですね。先輩にタメ口で話しても許されるし、どちらかと言えば友人同士の関係に近い。しごかれるようなこともありませんでした。ほかの部でも、そんなに厳しくなかったんじゃないかと思います。
新居 筑駒の生徒というのは、大きく4つに分けられると思うんですよ。特に高校でそれが顕著になります。ひとつ目は真面目に勉強している人、高校から入学した人に多いタイプです。次にフラフラと遊んでいる人、もうひとつはアニメとかのオタク系の人、それ以外が"中道"です。いろいろな人たちがいて、おもしろかったですね。
北村 僕は中道ですかね(笑)。
新居 僕はオタク寄りの中道です(笑)。筑駒では、オタクも許容されるんです。"何かやってるね"という感じで、排除するような雰囲気は全くありませんでした。

行き先自由の修学旅行牧場や萌え系神社へ

----母校の印象に残る授業や先生を教えてください。名物先生のような存在の方はいましたか?

新居 おそらく、ふたりとも同じじゃないかな? ある国語の先生の授業には衝撃を受けました。受験勉強では、すべての問題に答えがありますよね。答えは何かを考えて書き、それに対してよい・悪いと点数をつけられます。ところが、その先生がまた"適当"だったんですよ(笑)。みんなから意見を聞くだけで、結論を出さないまま先に進むんです。
北村 みんなの意見に対して「それもありますね」だけで、先生は自分の意見を言わないんですよ。
新居 そのときは"これってありなの?"みたいなモヤモヤした気持ちになってしまいました。でも、今から考えれば、結論をひとつに決める必要はない、ということを示唆してくれていたのかもしれません。
北村 特に印象に残っているのは音楽の授業です。ある日皆で散歩に行ったことがありました。すごく晴れた日だったので、誰かが授業中に"散歩に行きたい"と言い出したんでしょうね。道すがら特に歌ったりすることもなく(笑)。いいのか悪いのかわからないけれど、今でもよく覚えています。

----先生方に影響を受けたことはありますか?

新居 影響を受けるというか、先生も生徒も真剣勝負でしたね。この生徒はどうなんだ、この先生はどうなんだ、というように。先生も高圧的なところはなかったですし、校則がもともと緩いので叱る要素がない、というのもあるかもしれません。土足で校舎内を歩いている人がいても、黙認されていたよね(笑)。
北村 先生はみんな個性的で、中には体育の先生のように、熱血タイプの先生もいましたが、生徒には必要以上に干渉しない。それぞれの思想がはっきりしていて、"色"がありました。
新居 先生よりむしろ周りに影響を受けたほうが大きいんじゃないでしょうか。その時期はみんな何かに突っ走っているので、じゃあ、自分も何かしなければという気にさせられました。オタクの人はオタクに走り、勉強する人は勉強している。じゃあ、自分も勉強したかというと、実はそうでもなかったですけれど(笑)。


----印象に残っている学校行事を教えてください。

北村 中1と高1の稲作体験で稲刈りをしたり、行事はどれもおもしろかったですけれど、修学旅行は特に楽しかったですね。自由行動のときは、自分たちの好きな場所に行っていいんですよ。中3のときは東北・岩手で1日だけの自由行動でしたが、グループに競馬好きの人が集まっていたので、誰かが競走馬の牧場に行きたいと言い出して、タクシーで2時間くらいかけて行って来ました。
新居 高2では京都だったよね。修学旅行では、たまたまふたり同じクラスでした。
北村 あの時はほとんどが自由行動で、京都の北西にある愛宕山まで登山をしに行きました。
新居 それというも、愛宕神社が萌え系ゲームの聖地になっているからですよ(笑)。グループの中にそういうやつがいたからです。

高3の文化祭の後からようやく受験モードに

----在学中、特にがんばったこと、意識して取り組んだことは何ですか?

新居 高3の文化祭では班に分かれて演劇や縁日の出しものなどをやるんですが、僕はコントをやりました。そもそもコント班は、当時まだ発足2年目で、存続が危ぶまれている状態でしたから、かなりがんばりましたよ。自分たちで脚本をつくって、主演、演出、音響、照明まで担当したんです。結局、高3の10月に毎日7時間、午後3時から10時まで練習していました。その後に反省会まで開いて、コントの腕をとにかく磨いていました(笑)。
北村 僕は部活のサッカーですね。部活自体は週4回くらいの練習で、そんなに厳しくなかったんですが、勝手にひとりで朝練していました。朝7時半から8時半まで練習して、昼休みも食事後はまたボールを蹴りに行って、放課後も部活という感じでした。

----そうした取り組みを通して、培われたものや、得たものは何だと思いますか?

北村 自分の好きなことに挑戦するという意味でよかったと思います。筑駒のサッカー部は強くなくて、初戦で負けて悔しかったということもあって、大学でもサッカーを続けました。僕はサッカーの才能はあまりないと思うんですけれど、できる限りのことをやってみて、初めて自分の才能ってこんなものなんだと知ることができました。それで後悔もありませんし、挑戦したからこそわかったので、好きなものに打ち込む意義はあったと思います。
新居 サッカー部も一緒ですけれど、僕は文化祭のコントの経験を通して、みんなとがんばって何かを達成するというのが、自分の欲求の一番上位にあるんだと意識することができました。それは、今の仕事においても変わっていません。みんなでチームをつくって、何かを成し遂げる。ひとりでやるのはつまらないんですよね。みんなで成し遂げるのが一番いいなと思います。就職活動でも確か同じようなことを話したのを今、思い出しました。

----反対に、もっとこうすればよかったなと、後悔していることはありますか?

北村 ありません。
新居 僕もないです。もっと勉強しておけば、とも思いますが、もしあの時に戻れたとしても結局はしないでしょう。自分の人生の話になってしまいますが、今までやってきたことは正しいと思っているので、後悔はありません。後悔するくらいなら、今それをやればいいと考えるようにしています。唯一あるとすれば、男子校だったことかな(笑)。それでよかったのかなと思いつつも、疑問が残りますね(笑)。
北村 でも、筑駒がもし共学だったら、あの自由さは出せないような気もします。
新居 じゃあ、共学でなくてもよかったということで(笑)。

----大学受験について強く意識し始めたのはいつ頃からですか?

新居 高2の夏くらいに、友だちが勉強し始めたのが衝撃だったよね。
北村 そうそう、それまで勉強をしてなかったやつが急に始めたり……。
新居 概して高校組のほうが勉強への意欲が高いんですよ。高校組に先導されて、皆が勉強しなければいけないんじゃないかと思い始める。
北村 その頃から、僕も塾に通い始めました。でも、文化祭が11月にあるので、筑駒的には文化祭が終わってからが受験モードですよ。
新居 筑駒では、それ以前に勉強をガリガリやるのはちょっとかっこ悪いという雰囲気があるんです。そういう人ももちろんいたんですけれど。
北村 僕は一応勉強していました。授業のノートをとるのと、テスト前2週間だけは勉強するという感じで。
新居 そういえば、いつも成績がよかったよね。今、思い出しました。

省庁、医師、大企業外国で起業した学友も

----大学受験の頃から、卒業後の進路について考えていましたか?

北村 東大は3年になるタイミングで進路を変えられるので、2年間でやりたいことを考えようと思いました。筑駒では大体半分くらいが東大に進むんですが、そういう人が多いですよ。僕が法学部を選んだのは、世の中の仕組みがわかるかなと思ったからです。
新居 僕が経済学部を選んだのは、本当に何となく、なんです。高1くらいで何となく文理が分かれて、その中で何をしたいのかを考えたりもしますが、その時点ではまだ漠然としたものでしたね。

----周囲の友人の現在の進路を教えてください。


新居 省庁や医者が多いですね。あとは銀行や商社、コンサルなどです。
北村 変わった人も多いと思います。会社をやめて本を書いていたり。
新居 ベトナムでクッキングスクールを立ち上げた人もいますよ。

----今も親交のある人は多いですか?

北村 個人的に会う友だちが何人かいますし、部活関係でときどきフットサルをやろうと集まったりしています。
新居 社会人になると皆おもしろいことをやっているので、「最近どう?」と話す機会も増えました。職場が近い人とは一緒にランチをしています。

----母校を目指す小学生にメッセージをいただきましたが、最後にそのご父母に向けてもひと言お願いします。

新居 中学受験では、本人の意志もありますが、親が子どもをどうしたいかも大きいと思います。でも、「勉強しろ」ばかりでは子どもが燃え尽きてしまいます。環境を整えた後は、強く言い過ぎずに「勉強したらこんないいことがあるよ」と促してあげてもらいたいですね。
北村 学校選びには偏差値だけではなく、子ども自身がどう思っているかを大事してほしいですね。僕の場合、ほかの学校が自分に合わないと感じたので、親に「筑駒がいい」と言ったんです。それを認めてもらえたことが、やる気につながりました。まずは文化祭などに連れて行き、子どもがどう感じるかを大切にしてあげてください。

 

いろいろな人たちとお互いに認め合う中で、何でもいい、自由に考えろと影響を受けました。現在の仕事においても、自由な発想を大切にしています。何でもいいという根底には、実は自信があるのだと思います。

自由と同時に責任を体感しました。自分の好きなようにできる、その代わりに責任は自分でとれ。自分で考えて決めろということです。今も社会的にどうというより、自分がどうしたいのかを基準に考えるようにしています。


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