東京都知事 作家

猪瀬 直樹氏
1946年長野県生まれ。1987年『ミカドの肖像』で大宅壮一ノンフィクション賞受賞。2002年道路関係四公団民営化推進委員会委員に任命。2012年東京都知事に就任。

猪瀬氏の10歳→20歳

どんな子どもでしたか?

10歳の頃
とにかく好奇心が強い子どもだったと思います。勉強より遊びに熱心で、放課後にはよくかぶと虫などを取りに山に分け入ったものでした。勉強に関しては、普段は少し怠け者。夏休みの最後になって、母に言われて無理やり宿題をやるような感じでしたね(笑)。

何をしていましたか?

20歳の頃
大学は人文学部で学んでいました。作家になろうかどうしようかと、真剣に考えていた頃ですね。石原慎太郎さんは23歳で芥川賞を獲っているのですが、「その記録を塗り替えたい!」という、今思えば若者らしい意識も少しあったと思いますね(笑)。

2013年現在→ 少子高齢化や言語力低下など課題は山積


オリンピック招致が日本の財産となる

東京都知事として多忙な日々を送る猪瀬直樹氏。その傍らで作家として文筆活動を続けつつ、月に80kmのランニングも欠かさないなどスポーツにも取り組み、パワフルに活動しています。 猪瀬氏が現在の都政でもっとも力を入れていることのひとつが、2020年に開催されるオリンピック・パラリンピックの東京への招致です。東京招致委員会の調査によると、現在都民の73%がオリンピック招致に賛成し、期待が高いことがわかりました。 

オリンピックが東京で開催されることには、さまざまなメリットがあると猪瀬氏は話します。「スポーツと都政が一見関わりのないもののように見える人もいるかもしれません。しかし実は、東京の未来を考える上で非常に重要な要素なんです。なぜなら、都民の多くが自分に合ったスポーツと出会えれば、健康増進に一役買ってくれます。結果として医療費は減り、それを福祉などに充てることも可能です。また、オリンピックを通じて日本の復興を海外にアピールすることもできるでしょう。それが国の閉塞感の解消にもつながるはず。もちろん、スポーツのすそ野を広げるという意味でも、とても大きなイベントです。特に子どもたちには生で観戦して、多様なスポーツ文化に触れてほしいですね」 

作家というもうひとつの顔を持つ知事らしい取り組みもあります。それは、「〈言葉の力〉再生プロジェクト」。言語力の向上を取り入れた授業を全公立学校で展開するとともに、公立学校の教職員への言語力研修を実施するなど、教育段階から言語力の定着を目指し、読書推進策も展開しています。「最近、自分の周囲にしか関心のない若者が増えています。政治や経済、国際情勢など社会的なものに興味がなく、気の合う友人とのツイッターやSNSを熱心にやって仲間内に閉じこもるのです。しかし、グローバル化の進む世界の中では、価値観の異なる相手に意見を伝え、対話していかねばなりません。そこで必要なのが、言語力です。世界で活躍するためには、言語力が不可欠なのです。また、読書を通じ、知性や感性を伸ばすとともに、生きる力も身につけてほしいですね」 

副知事時代から手掛けるこのプロジェクトは、10年後にはさらに重要性が高まりそうです。

選挙にもネットを活用する開かれた時代に

未来のビジョンを持ち実現するのが政治の役割

「東京都は日本の心臓。国ができないことは東京がやり、日本を支えていかねばならない」と語る猪瀬氏。日本の首都たる東京の未来像は、日本全体の未来にも大きな影響を及ぼすでしょう。10年後の東京都はどのように変化しているのでしょうか。「政治家の仕事というのは、10年先、20年先を考えるところからはじまります。東京都でも、"2020年の東京"計画というものを立てています。現在それを実現するため、いくつもの政策展開を行っているところです」 

震災対策を強化して東京を地震に負けない防災都市にすることや、電気などのエネルギーの安定供給体制の構築など、未来を見据えた政策は多岐に渡り、実際に取り組みが始まっています。「緑地を増やし、街路樹を100万本整備する、人々が集えるような水辺空間を創出するなど、東京を自然豊かな場所にする政策も実施しています。10年後には、水と緑の回廊で包まれた美しい景観がたくさん生まれているはずです。皆さんの身の回りの風景が変わっていくのを楽しんで欲しいですね」 

10年後の日本が抱える大きな問題のひとつが、少子高齢化です。 

都政においても、少子高齢化対策は重要な議題。猪瀬氏は、世界のモデルケースになれるような少子高齢化対策を提唱しています。「東京都では保育所の不足による待機児童の問題がありますが、その解消のため駅チカや駅ナカなどの駅型保育所の拡大を手掛けています。子どもを産み育てやすい社会にしなければ、少子化は歯止めがかかりませんからね。高齢者に対しては、"高齢者見守りネットワーク"を全区市町村で構築するなど、お年寄りが安心して暮らせる仕組みづくりを行っているところです」 

10年後には、わが子は選挙権を得て投票に参加できるようになりますが、選挙のスタイルも現在とは違ったものになっているかもしれません。「現在の公職選挙法では、選挙期間中のインターネット上での選挙活動を認めていません。しかしネット選挙を禁止する先進国はほぼないんですね。東京都では、ツイッターやSNSを積極的に活用しています。危機管理などに有効なツールだからです。そのような時代なのに、選挙だけネット禁止はおかしいと常々思っていました。現在の政権下では、ネット選挙解禁に舵が切られています。賛否はともかく、10年後にネットから投票するような時代になっている可能性はあります」 

東京都では高校生や大学生の海外留学を支援するプロジェクトも行っています。未来を見据えるならグローバル化の波に対応する人材育成が急務です。「これからの若者は内向き志向ではいけません。留学がもっと身近なものになれば、国際舞台で活躍する若者も増えるでしょう。皆さんにも、子どもの選択肢のひとつとして、留学を考えてみてほしいですね」

開成中学校・高等学校校長

柳沢 幸雄先生
東京大学卒業。1984年よりハーバード大学で教鞭をとる。シックハウス症候群などの世界的権威に。1997年から東京大学大学院教授。2011年より現職。

柳沢先生の10歳→20歳

どんな子どもでしたか?

10歳の頃
体が弱く、家で寝ていることも多かったです。考えることが好きで、勉強は得意。モノの構造に興味があって、壊れたものをやたら直したがる癖がありました(笑)。社会の出来事への関心も高く、将来は何か世の中の役に立ちたいと考えていました。夢は、技術者か政治家でしたね。

何をしていましたか?

20歳の頃
公害問題などの勉強をしていました。当時としては新しい分野で、やりがいがありました。社会を変えたい、弱者に優しい世の中にしたい、という大きな夢も持っていました。一方で、自立して社会の役に立ちたいという考えもあり、そのはざまで悩んだ時期ですね。

2013年現在→ 大学がゴールという思想が根強い


大学での成長が将来を分ける鍵

中高一貫校の名門、開成学園。31年連続で東京大学への合格者数1位を誇っています。2012年度は203名が東大合格を果たし、実に合格者の約7%が開成の出身です。 

名実ともにトップ校である開成のけん引役が、柳沢幸雄校長先生。東京大学大学院とハーバード大学で教鞭をとり、日本と海外における一流教育の現場に立ち続けてきました。「海外の一流大学の学生は、入学してからもかなり勉強します。いわばそこからがスタートという意識で、社会の役に立つために必死に力を蓄えようとするわけです。一方で、日本の教育現場では、まだまだ"大学がゴール"という意識が抜けていないと感じます」 

日本の未来を担う若者が数多く入学する東京大学ですが、その学生は大きく3種のタイプに分かれるといいます。「一つは、燃え尽き症候群タイプ。誰かが敷いたレールに乗り、効率のいい受験勉強をして合格すると、自分で考え、自分で動かなければいけない大学の授業に対してどうしていいかわからずに無気力になるのです。二つ目は、冷めたタイプ。首都圏の進学校出身者に多いのですが、自宅から通い、同じ出身校の友人もいて、高校の延長のような雰囲気で大学に通います。大学受験の重しが外れ、勉強はそこそこ取り組む程度で、あまり大きく成長しません。三つ目は、メラメラと燃えているタイプ。一人暮らしを始め、新たな生活を切り開きつつ、さらなる向上を目指し自ら積極的に勉強していきます」 

では、ハーバード大学にはどのような学生が多いのでしょう。「寮生活で自立しながら、各国の留学生たちとしのぎを削る生活を送っています。教師陣も、大学生にしっかり勉強させる責任があるので、成績に容赦なく"不可"をつけます。学生は必然的に"燃えているタイプ"が多くなりますね。彼らは大学で、能力も人間力もどんどん伸ばしていきます」 

大学に入ってからの成長率が、日本と海外の大きな差だと、柳沢先生は感じています。「卒業する年齢の18歳、開成の学生は世界一の能力を持った集団だと思います。しかし、大学に入ってから伸び悩む子もいる。大学で伸びない理由は、"自立"できないからではないでしょうか。大学というステージに上がったのに、自宅から通い友人も同じという、ひとつ前の時代を引きずって生活することで、新たな刺激が生まれず、成熟できなくなってしまうのです」 

燃え尽き症候群の学生や、冷めた学生にならないためにも、早くから大学の先にある将来を見据えた教育が必要なようです。

留学者が増えるも、教育の本質は変わらない

何のために海外に行くのかを考えさせよう

10年後は、教育現場にもグローバル化の波は押し寄せてくると柳沢先生は感じています。「開成でも、海外の大学に入りたいと希望する生徒がいますが、今後その割合は増え、10年後には、海外の大学へ進学することが普通の選択肢になっているかもしれません」 

ただし、グローバル化が進んでも、教育の本質というのはまったく変わらない、と柳沢先生は強調します。「日本の教育は、"大学がゴール"という思想に代表されるように、短期的視野です。中学受験も、海外留学も、長い人生の一時のこと。もっと長期的視野に立って、将来はどのような仕事に就き社会の役に立つのか、どうやって自立した生活を送るのかを、常に意識する必要があります。将来の自立のために教育がある。どんな世になっても、その本質は変わりません」 

一方で、グローバル化に対しての不安な要素があると言います。「問題は、現在の日本企業に、海外の大学を卒業した生徒たちの受け皿が少ないことです。たとえば日本では、静かに話を聞くのはときには美徳ですが、アメリカでは、静かに話を聞いていると〝あいつはわかっていない.と思われます。相手にレスポンスし、ときには反論しながら会話するのが当たり前だからです。その中で青春時代を過ごした若者が日本に戻ったとき、日本企業では〝協調性がない.とされてしまう。企業ももっとグローバルな視野で、多様性を受け入れなければいけません」 

このような問題も含め、海外を志す際に一番重要なのは、何のために海外に行くのかを考えること。「将来どんな仕事に就きたいか、そのためにどの大学で学ぶのか。まずはそこをしっかりさせなければいけません。その核があれば、大学卒業後も迷うことなく自分に合った企業を選べるでしょう。もし子どもが海外に行きたいという希望を持ったのなら、親は、"その先に何がしたいのか"を子どもに質問して、明確にさせてあげるようにしましょう。また、仕事を続ける上で最も大切なのは、それが"好きな仕事"かどうか。親は、子どもの好きなことを早い段階から見つけ、育ててあげると、海外でも役立つような将来の武器になるでしょう」

順天堂大学医学部 心臓血管外科 教授

天野 篤氏
心臓オフポンプ手術の第一人者として、2012年天皇陛下の心臓バイパス手術の執刀医に。世界最高水準の技術を持つ医師が集まる、米国胸部外科学会の会員でもある。

天野氏の10歳→20歳

どんな子どもでしたか?

10歳の頃
勉強も運動も得意な子どもで、総理大臣になるのが夢でした。当時の首相は「国家をけん引するリーダー」という印象が強かったですね。「自らの能力を最大限に発揮して、大勢の人のためになる仕事をする」という意味では、今の仕事も当時の目標に近いと言えるかも。

何をしていましたか?

20歳の頃
医学部を目指して予備校に通っている頃です。高校生のときに父が心臓を患ったのがきっかけとなり、医師の道を考えるようになりました。過疎地で医療提供を行う医師にも憧れていた時期でした。心臓血管外科医の道を歩むことになりましたが、今でもその思いは胸にあります。

2013年現在→ 心臓を動かしたまま行うオフポンプ手術が主流に


手術の経験不足を先端技術で補える

天皇陛下の執刀医として知られる天野篤氏は、「オフポンプ手術」を日本でいち早く取り入れた医師。日本ではまだその手法がほとんど知られていない段階で、手術の様子を撮影した映像を海外から入手し、独学で技術を身につけたのだそうです。それまでの心臓手術は、ポンプと呼ばれる人工心肺装置を用いることで、全身に血液を送りながら、心臓の働きをいったん止める方法でした。しかし、オフポンプ手術では、人工心肺装置を用いず、心臓を動かしたままの状態で手術を行います。高度な技術を必要とする代わりに、人工心肺装置を使う場合に比べて、患者の身体への負担が少なく、術後の回復が早いという利点があります。「私がオフポンプ手術を本格的に始めたのは15年ほど前のこと。患者さんの年齢が高くなるにつれ、体に負担をかけない手術を探さなくてはいけないと、高齢化社会となる10年先を見越しての挑戦でした」 

現在では、国内で行われる心臓バイパス手術(動脈が狭くなって起こる心臓病に対して、ほかの部位の血管に迂回路を作る手術)の3分の2は、オフポンプ手術で行われるようになっています。治療が難しい病気やこれまでにない症例の尽きない医療の現場では、常に技術の進歩が待たれている状態。年間400件という超人的な数の心臓外科手術を手がけて経験と知識を積むことで、医療の新たな扉を開け続けてきた天野氏。その眼は、医療分野における10年後の未来も見据えていました。「ICT(情報通信技術)など、医療を取り巻く技術の進化のおかげで、今は患部の状態を事前に3D画像で確認して、手術を進められるようになりました。静止画像が動画となればさらにいいのですが、技術的にはすでに可能になっていますから、近い将来、現場にも普及するでしょう。離れた場所にある医療機関へ患者さんの心電図や心エコーの画像を送って治療に役立てるといったやり方も、日常的に行われるようになっています。技術の進化の延長線上の話として、患者さんが自宅から自らの生体データを送信することで、わざわざ病院へ足を運ばなくても診療を受けられる日もそう遠くはないと、私は考えています。もちろん、医療行為は尊い人の命にかかわるものですから、いかに便利であっても、新しい技術は安全性と確実性をきちんと確保してからでなければ、導入すべきでないとも考えています」 

技術の進化はまた、手術や治療を高度化させるのに役立つばかりでなく、医療人材の育成にとっても必要不可欠だと、天野氏は語ります。「医療機器が未発達な時代は、いくら検査しても心臓の異常は目視で確認して手術の進め方を決定するしかありませんでした。それが映像技術の導入によって、その場にいない人も間接的に見ることが可能になり、今ではメスを入れる前に患部の症状をかなり詳細に知ることができます。必要な知見を容易に自分のものにできるようになったということです。患部に触れる感覚を人工的に再現できる技術が普及すれば、遠隔施術のほかに、手術のシミュレーションにも応用できます。手術の経験の少ない医師でも、高度な手術にのぞめるようになるでしょう。先端技術を駆使すれば、私の年間400件どころか、1000件の手術を行える医師が出てくる可能性もあるのではないでしょうか」

ネットワークを駆使した治療実現の可能性も

ゲーム好きな子どもが医療をけん引する!?

時代が変われば、それに呼応してあらゆるものの価値観が一変します。医師に求められる資質も、10年後には今と違うものになっていると、天野氏は予想しています。「コンピューターゲームに子どものうちから慣れ親しんでいる世代は、私たちとは異なる能力を持っています。今の小学生たちが社会に出て活躍するようになる頃、ICTリテラシーの高い人材が、インフラやネットワークを活用して、医療の最前線で未来を開拓していく確率は高いでしょう。ゲームクリエーターとして活躍する人がシミュレーション画面を作ったりと、医療にも携わって変革を起こすことを期待したいですね」 

それでは、今後子どもたちにはどんな力が求められ、親は何ができるのでしょうか?「少なくとも学校の勉強だけやっていればいいという時代ではなくなっています。学校の勉強は課題学習の側面が大きい。応用力をつけるには、予期せぬ展開に出合えるスポーツに取り組むのが効果的です。どのような種目でもかまわない。本人が熱中できるものなら何でもいいのです。それと、親は子どもの興味のありかに応じて、多くの体験をさせるべきです。ひとつのことに固執してばかりだと、それがうまくいかなくなったときに道が閉ざされてしまいますから。いずれにせよ、親は自分の価値観を押しつけないことですね」

JAXA 月・惑星探査プログラムグループ プログラムディレクタ

國中 均氏
1988年、東京大学大学院工学系研究科航空工学専攻博士課程修了。旧文部省宇宙科学研究所に着任し、2005年に教授となる。専門は電気推進、プラズマ工学。

國中氏の10歳→20歳

どんな子どもでしたか?

10歳の頃
一生懸命、遊んでいました(笑)。機械いじりが好きで、家で使っている照明器具を分解してしまい、怒られたことを覚えています。また、望遠鏡を買ってもらったことで、宇宙への興味が広がりました。天体現象にも関心があったので、流星群などを楽しみにしていましたね。

何をしていましたか?

20歳の頃
京都大学の航空科学科に入学したのですが、最初は座学ばかりで、とにかく毎日勉強をしていたように思います。大学院では、当時あまり注目されず、役に立たないと言われていた電気エンジンの研究を始めました。当時から、きっと未来に必要になる技術だと信じていました。

2013年現在→ 地上から400㎞の国際宇宙ステーションに人が滞在


宇宙開発の目標は火星に人が住むこと

日本の宇宙開発を担う研究機関、宇宙航空研究開発機構(JAXA)。最先端の宇宙研究が行われ、宇宙の謎とその可能性を追求しています。 

2003年に打ち上げられた小惑星探査機「はやぶさ」は、60億㎞も宇宙を旅し、2010年に地球へと帰還しました。小惑星の表面からサンプルを持ち帰ったことは、世界初の快挙でした。 

この「はやぶさ」の心臓部とも言えるロケット部分の開発を担当したのが、國中均氏です。「はやぶさの推進装置に使っているのは、イオンエンジンです。通常、ロケットは燃料を燃やして推進力にしますが、それよりもさらに高性能なのが、電気的なエネルギーを推進力に変える電気ロケット。イオンエンジンもそのひとつであり、エネルギー効率が非常に高いため、長距離、長期間飛行し続けなければいけないようなミッションに適しています」 國中氏はイオンエンジンの研究を20年以上も前から行ってきました。積み重ねたその研究成果が、「はやぶさ」の旅を支えたのです。「はやぶさのエンジンは、すべてがオリジナル。部品はひとつ残らずすべて自分たちで作りました。その難しさから何度も白旗を上げそうになりましたが、ぎりぎりで踏ん張り、あきらめずに実用化にこぎつけました。実際の運用では想定外の出来事が数多く起こりましたが、困難を乗り越え、無事に帰還したことを誇りに思います」 現在JAXAでは、「はやぶさ2」の打ち上げを計画しています。2014年に地球を出発し、小惑星に到着するのは2018年半ば。1年半ほど小惑星に滞在し、2020年末に地球帰還の予定です。 

國中氏は、現在「はやぶさ2」のプロジェクトマネージャとして探査計画を進めています。「はやぶさは技術的実験という意味合いが強かったのですが、はやぶさ2は惑星探査や地質調査という科学的なミッションがあります。また、ドイツ製のロボットを惑星に残し、地球から電波を送って誘導するなどの新たな試みもなされます。成功すれば、太陽系誕生の歴史を知る大きな手がかりを持ち帰ってくれ、新しい宇宙観を私たちにもたらしてくれるでしょう」しかしこの「はやぶさ2」も、あくまで途中経過でしかないと國中氏は言います。「われわれが目指しているのは、人類が火星に住むことです。そのための準備のひとつとして、ロボットで惑星を調査し、宇宙空間について詳しく知ろうとしているのです。現代の技術ではまだ難しいですが、未来には間違いなく火星で暮らす時代が来ます」

人類が月の裏側に居住できる可能性も

好きなことを見つけて極めていくことが大切

現在、宇宙開発は世界各国で行われていますが、世界をリードしているのはアメリカとロシアです。「有人宇宙ステーションには、各国から宇宙飛行士が乗り込みますよね。そこからもわかる通り、宇宙開発には各国の研究機関と共同で行うプロジェクトが数多くあります。一方で、国際間での技術的な競争も行われ、研究者たちがしのぎを削っています。アメリカとロシアは、多くの領域で一歩先を行っていますが、宇宙科学の領域では、日本が世界に認められています。今後も研究者として日本の得意分野をさらに伸ばしていきたいですね」

火星に住むことが、夢ではなく人類共通の目標となっている現在。10年後は、どのように進歩しているでしょう。「今、各国が相談しているのは、月の向こう側に有人宇宙ステーションを作り、そこに居住しようということです。現在の宇宙ステーションは地上から400㎞くらいのところにありますが、月までの距離は約38万㎞。実現のためには、より大きな宇宙ロケットの開発など課題がいくつかあるのですが、これから世界で分担して課題解決のための開発を行っていきます。きっと10年後には、月の裏側に人が住めるようになると思いますよ」 

国境を越えてプロジェクトが動く宇宙開発事業。その可能性は、これからもどんどん広がっていきます。 

JAXAには、技術者だけが在籍しているわけではありません。法律や経営の専門家など、多方面から人材が集まっています。「はやぶさに搭載したカプセルはオーストラリアに落ちたのですが、小惑星から持ち帰った地質サンプルを日本に送るためには煩雑な国際手続きを行わなければならず、関税がかかるかどうかの交渉まで起きました(笑)。ここで、法律上の調整を行ったり、交渉したりする人材が必要になるわけです。このように、宇宙開発は、幅広い分野から関わることができますから、自分の好きなことを見つけ、それを究めていくことが大切です。宇宙に興味があるなら、まずは何かの専門家を目指しましょう。ただし気をつけなければいけないのは、研究者というのは、研究が楽しいあまり、それに陶酔してしまい、世の中の評価を受けることに消極的になることがしばしばあります。じっくり追求することは大切ですが、短いサイクルで成果を出すというのも、研究者の使命だと思います」 そして、プロジェクトマネージャという立場からもアドバイスをしてくれました。「子どもの頃から、部活やクラブなどグループ活動に積極的に参加するといいと思います。そこで自分の役割をこなすことが、世界を相手にグループワークをする上での原点の体験となるのではないでしょうか」


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