受験を乗り越えた先輩お母さん8人に、当時のことを語ってもらいました。
実際に体験したからこその深い言葉の数々に耳を傾けてみましょう。

《100日前のこと》
毎日の勉強に加え学校行事や習い事も手を抜かずにこなした

娘は、興味があることには何でも積極的にチャレンジし、一度始めたら常に全力で取り組む性格です。受験100日前になっても、その傾向は変わりませんでしたね。
普通、100日前になれば勉強時間は自然に増えていくと思うのですが、うちの場合は学校の行事が続いたり、ピアノにも打ち込んでいたりしていて、むしろ以前と比べれば勉強時間は短くなっていたかもしれません。
しかしだからと言って、勉強の手を抜いていたわけではありません。ほかのことに忙しい時期でも勉強には全力で取り組み、塾の週テストでは毎回少しでも良い点数が取れるよう、ずっとがんばっていました。
志望校としては、桜陰、豊島岡女子、筑波大附属の三つは受験することを決めていました。ですが、1月の受験校をはじめ、ほかにもいくつか受けるべきかどうか迷っていました。
成績的には志望校に届いており、ある程度安定もしていました。ただ、直前期になればほかの受験生だって当然追い込みをかけてくる、それにケアレスミスもあり得ます。成績が良く出てしまうと、どうしても油断してしまうのではないかと、心配は尽きませんでした。けれど、本人は至ってマイペース。
勉強は主に、四谷大塚の映像授業「進学くらぶ」を活用し、週末に通塾する形を続けていましたが、この頃も崩さずに自分のペースを守っていました。直前期の前から続けていたこのスタイルは、受験期間全体を通しても変わらず、コツコツとがんばっていましたね。

《48日前のこと》
集中を保つことを重視。疲れが見えた日には勉強のメニューを調整

いよいよ受験が近づいてきても、娘のマイペースは変わりません。粛々とやるべきことをこなし、焦りや緊張はほとんど見受けられなかったですね。
学校の行事が一段落した12月からは、面接対策に力を入れた記憶があります。娘も私も話すことがあまり得意ではないので、塾の模擬面接を活用させてもらいました。また、受験校の一つの筑波大附属は体育や家庭科といった試験もあります。娘はすべてをきちんとやっておかないと嫌という性格なので、ときおり夫と一緒に外へ出て体育の練習をしていましたね。
成績はほぼ下がることなく、合格できそうなレベルで安定していましたが、この時期には少し疲れが見えることもありました。そこで、家庭学習の勉強内容を私が調整することもありました。娘の疲れ具合を見ながらメニューを考えるんです。
たとえば、疲れているときは熟考が必要な算数の問題より、一問一答で解ける社会の問題に取り組ませる、とか。学習内容に関しては、『四科のまとめ』や『予習シリーズ』がすごく役立ちました。逆算して、いつまでに何をこなすかを決めていましたね。
学習面で私が特に重視していたのが、集中力です。たとえば過去問対策では、あえてスピードを求め、短時間でいかにミスなく解けるかというところを課題にしました。そうすることで集中力が磨かれるとともに、対策に費やす時間も短縮でき、ほかの勉強に時間を使うこともできたと思います。日々の生活でも、どんなに忙しくとも早寝早起きで朝型を心がけ、睡眠不足から集中力が下がることがないように気を配ってもいました。

《7日前のこと》
常に全力だったからラストスパートは必要なかった

受験直前はラストスパートをかけて勉強する子も多いと思いますが、うちの娘は常に全力で走ってきたので、ラストスパートという意識はなかったようです。
今振り返って、あえてスイッチが入った瞬間を挙げるなら、5年生の夏、四谷大塚の全国統一小学生テストの決勝大会に出たときでしょうか。そのときすでに決勝大会常連の子もいて、その子たちに刺激を受けたみたい。『私ももう一回決勝に行く』と話していました。そのときから、常に全開。だから直前とは言え、勉強のペースもやる気も、変わりませんでした。私も無理にラストスパートを求めることはしませんでしたね。
受験校は、最終的には「本人が行きたい」と思う三校に絞り、そのほかの学校は受験しないことにしました。ただし、たとえ合格がもらえずに公立に行くことになってもその道を納得して進めるように、とは意識しました。だから、夏頃に小学生を対象とした公立高校の説明会に参加したこともありました。「こういう進路も悪くない」と思ってもらえるように。
本番当日。これまでテストをたくさんこなした経験もあってか、娘はそこまで焦ってはいませんでした。多少緊張はしていましたが、入試会場で塾の先生や友だちと会って、普段のテストと同じような感覚で受験できたようです。
本人は至って落ち着いていて、むしろ私の方がお弁当をつくったり面接の用意で身支度をしたりと忙しく、ちょっとあわてていたと思います(笑)。
母子ともに最後までマイペースを保つことができたのが、合格を勝ち取れた秘訣かもしれません。

《100日前のこと》
合不合50%をクリア麻布コースに入るも後れを取って焦る

小5の春に文化祭を見に行ったときから、第一志望は麻布中学校。これだけは揺るぎがありませんでした。夏休みにはモチベーションアップになるからと麻布の校門の前で写真を撮ったのですが、それを自分の机に飾って、いつもうれしそうに眺めていました。麻布に行きたいという思いは本物だったんでしょうね。
ただ合不合判定テストでの成績が振るわず、麻布の学校別対策コースに入れなかった。そもそも息子はのんびり屋で、自分から机に向かおうとしないんです。うるさく言うとふてくされてしまう。どうすればやる気になってくれるのかが私の一番の悩みでした。
夏休みも、夏期講習から戻るとずっとゲーム。あまりにもゲーム漬けだったので、さすがにゲームとテレビを禁止しました。家族みんなから「今はそれどころじゃないだろう」と言われ、仕方ないと思ったのでしょう。8月16日から合格するまで、そこだけは守り通しました。生活面で変化があったのはそれくらい。熱心に勉強を始めたというわけでもありません。
それが、10月の合不合判定テストでは50%をクリアして、10月下旬から麻布コースに入れることになりました。ほかの子たちは9月から通っているので、大きく後れを取ってしまっています。それでも、周りから良い刺激を受けてくれるだろうと期待しました。
ところが息子は、麻布コースの授業がある渋谷校舎へ通い始めると、物珍しさからハチ公やモヤイ像を見に行ったり、寄り道したり……。もう漫画みたいな子なんです(笑)。やっと麻布コースに入れたのに本人が全く変わらず、私は焦りと不安でいっぱいでした。

《75日前のこと》
一向に火が点かない息子に祈るような気持ちで応援を続ける

いつか火が点くと信じていたのですが、息子は一向に変わりません。12月の面談で、先生に「勉強しないんです」と相談して、「塾ではがんばっていますよ」と慰めの言葉をいただきましたが、あの頃は先生方も合格するとは思っていなかったのではないでしょうか。
直前期を迎えても過去問は進まず……。私は、息子には中学受験は早かったのではと考えるようになっていました。変な話、「行きたいと思っていれば合格できる」と思い込んでいるような子なんです。私が何か言っても、「僕はもうすぐ麻布生になるんだから」といった具合でした。
 私の胸中には、まだ幼くて物事の理解が追いつかないんだなというあきらめの気持ち、でも何とか麻布に合格させてあげたいという苦しい気持ち、これだけ言ってもわからないなら勝手にすればという腹立たしい気持ち、そして、麻布は息子を選んでくれるはずだという祈るような気持ち、そんな雑多な感情がグルグル回っていました。でも最後は子を思う気持ちが何より勝って、応援しなければというところに落ち着くんです。
姉の受験のときは、こうではありませんでした。姉は、言えば通じる子でしたし、ライバルがたくさんいると理解したときから別人のようにスイッチが入りました。ですから、私たちは受験というのはそうあるべきだと思っていたんです。姉はこのままではマズいと感じたのでしょうね。姉自身も通った中野校舎にしょっちゅう立ち寄っては、先生に「弟が勉強しないんです」と相談していたみたい。まるで小さなお母さんのようになっていました(笑)。

《0日前のこと》
『麻布からの手紙』に自分の考えをぶつけて合格へと結びつく

私の目から見れば、息子はやり残したことだらけ。スイッチが入らないまま当日を迎えました。それでも、息子のパワーにつながればと思い、「試験を大好きな麻布からの手紙と受け止めて、『僕はこう思うんだ』と自分の考えを一生懸命にぶつければいいんだよ」と伝えました。
緊張しないようにそんな声がけをしたのですが、当の本人は全く緊張しなかったみたい。本番は「今までで一番調子が良かった」そうです。試験の後には「僕は麻布生になった」ですから、おめでたい子ですよね(笑)。「これで受験はもうおしまい」と言うのを「もう少しがんばろうね」となだめ、内心では幼いから現実がわからないんだとあきらめていました。
合格発表の場では、もう信じられませんでした(笑)。塾の先生に結果を報告すると「いや〜、最後の最後にやってくれましたね」と驚きの声とともに、「今だから言えるんですけれど、1月頃から点数がとれるようになっていたんですよ」とのことでした。勉強していないようでも、塾での集中力は増していたようです。おもしろい話を聞くのが大好きな子なので、先生方がそういう授業をしてくださったおかげだと思います。
そう言えば、先生は「試験中にも学力は伸びる」とよく仰っていました。息子にも、幸いにしてそういうことが起こったのでしょうか。入試の本番でも緊張しない、良い意味での『鈍感力』が結果に結びついたのかもしれません。
当たり前のことではありますが、入試は、受けなければ受かりません。安全策をとり過ぎないで、本人が望む学校を受験させることも大切な動機づけの一つなのだと、つくづく感じました。

《100日前のこと》
寮のある学校も視野に入れようと意識を変えた

第一志望校は早稲田、というのは前から決めていました。また、兄2人が巣鴨に通っていることもあり、巣鴨にも同じくらいの気持ちを持っていました。この頃の悩みはもっぱら併願校。たとえ第一志望校に行けなかったとしても、本人が満足して通える学校を探したかった。
息子は何事も石橋を叩いて渡るような慎重タイプで、学習面でもコツコツ型。5年生の終盤からは受験への意識が変わり、意欲を持って学習に取り組むようになっていました。受験校選びでも、現実を冷静に分析して、親子で納得いくまで話し合ってきました。
それまでは、併願校も家から通える範囲の学校ばかりに目が向いていて、なかなか「ここ」という学校が見つからなかったんです。そこで、「寮のある学校も視野に入れてみようか」と意識を変えました。いくつかが候補に挙がりましたが、比較的新しい学校は生徒への対応にやや不安があって……。その点、ラ・サールは伝統と実績があります。それに私の親友のお子さんが通っていて、とても充実した学校生活を送っていると聞いて好印象。親子ともに、良い学校だなと感じました。
結局、11月にはラ・サールも本気で受験することを決めました。遠方の学校ですが、息子は本当に行きたいと思える学校を見つけられ、さらに「親も応援してくれている」と実感したのでしょう。安心した様子で、それまで以上に受験への意識も高まったようでした。過去問にも積極的に取り組んでいましたね。

《45日前のこと》
12月の合不合判定テストで成績がダウンしても、落ち込まなかった理由

塾では9月から早稲田の学校別対策コースに通っていて、そこでの成績は上下しました。けれど、本人としては前向きにがんばっていましたね。ただ12月の合不合判定テストの結果が悪く、順調とは言えませんでした。でも思いのほか、本人も私も落ち込まなかったんです。
 と言うのも、この頃は小学校と塾の宿題や復習をこなしながら、志望校の過去問に取り組まなくてはいけない時期で、まだ過去問もすべて終わっておらず、やるべきことが山積み状態。逆に言えば、学習内容が明確だった。本人は「落ち込んでいる暇があったら、とにかくやるべきことをしっかりやろう」と奮起したようです。私も、受験勉強は「自分でやった感」を持つことが何より大切だと思っていたので見守りました。
 それに私は「もし落ちたら公立に行けばいい」と思っていたんです。と言うのも、知り合いのお子さんの話で、母子の努力が実って難関校に入ったのはいいけれど、入学後についていけず、本人もやる気を失くしてしまい大変だと聞いていたからです。第一志望校に「ただ入ればいい」のではないことを痛感していました。
息子には、受験は人生という山の頂上ではないこと、受験後に待っている充実した中学生活を、自分で勝ち取るチャンスなのだという話をよくしていましたね。だから脅しではなく、「受験はあなたがすること。もし受験をしたくなくなったら、公立に通うことになるね」という話をしたこともあります。
すると本人は「公立には行かない」って。その固い決心があったから、12月の成績ダウンでも落ち込まなかったのだと思います。

《7日前のこと》
併願校に合格し、心の余裕を持って第一志望校を迎えられた

1月中旬、西武文理(特選)の合格をもらえたことは、本人の自信と安心につながりました。これまでの努力の結果が出たという実感と、「これならできる」と、その後の受験への見通しもつかめたのでしょう。
1月下旬はラ・サールの本番。いよいよ真剣勝負という気持ちで父親と現地へ。2日間の受験旅行から帰ってきた息子の第一声、「田舎だった」という言葉には、気の抜ける思いがしました(笑)。
巣鴨に通う兄2人は「池袋が庭な僕たちの学校に比べたら、そりゃそうだよね」なんてちゃちゃを入れてましたけど(笑)、親子でじっくり検討して「行きたい学校だ」と納得して受けた学校です。その気持ちを思い起こさせるのも私の役割。それに、この時点では実際に行くかもしれない学校だったわけですから、そうした思いを途切れさせないように気をつけました。幸い合格をいただくことができ、周りの人に「すごいね」と言ってもらえて、自分の実力を再確認できたのは良い経験になったようです。
そんな1月の2校の合格によって自信を深めたこともあり、2月1、2日の早稲田、巣鴨の入試本番も落ち着いて迎えられました。1月の最終週は、過去問も一通り終わっており、通塾もなかったので、勉強に追われることがなく、自分の思い通りに苦手分野の復習をしたり、漢字や言語要素の確認をしたりするなど、冷静に過ごせたようです。
念願の早稲田に合格できたのは、やはり本人の強い思いがあったから。私はその思いを共有できて、息子主導の中学受験に伴走できたことを感謝しています。

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