数学的手法でさまざまな謎を明らかにして社会に役立てたい

小谷元子氏(東北大学原子分子材料科学高等研究機構 機構長)夢をかなえるために大事なこと3つ

計算の苦手な少女が数学に魅了される

小谷元子
大阪府生まれ。東京大学理学部数学科卒業。東京都立大学(現首都大学東京)で理学博士号を取得した後、東北大学へ。2005年に、第一線で活躍する女性科学者に贈られる猿橋賞を受賞。12年、原子分子材料科学高等研究機構の機構長に就任。

9歳まで大阪で過ごしました。当時は勝ち気な女の子で、高い木によじ登っては叱られていた記憶があります。

親の転勤で鎌倉へ移ると、いろいろとカルチャーショックを受けました。おそばのつゆの色が関西にくらべて濃かったり、学校のクラスメイトたち話す言葉のアクセントが自分とは違ったり。

勝ち気な割には人見知りな性格だった私は、自分の世界に入ることも好きで、その影響から読書に夢中になっていきます。父親の本棚から本を引っ張り出したり、図書館へ足繁く通っては、手当たり次第に本を読んでいました。文学全集などを次々と読破したことは、小学生時代の楽しい思い出です。

読書が好きだったこともあり、国語は比較的得意でした。反対に、算数はあまり好きではなくて、特に計算が苦手だったんです。けれど、中学受験をして入学した横浜国立大学附属鎌倉中学校で数学という教科に触れて、興味が湧いてきました。特に「無限」という概念について書かれた本がおもしろくて! 人間の直感を越えたものについても、論理的な考えで明確な正体を与えられる数学の性質に強い魅力を感じました。

次第に数学の問題を自分で調べたり考えるようになり、「これは論理的に間違っている!」と思えば、数学の先生のもとへ質問に行く。そんなことばかりしていました。数学は経験ではなく論理が物を言います。そのため、子どもであっても大人と対等に議論ができ、男女や国籍の垣根もない。そんなところにも魅力を感じていたのかもしれません。

また、中学時代の数学の先生は、私の質問にいつも根気よく答えてくれました。そのことに対しては、今でも感謝しています。おかげで、私はますます数学が好きになり、のめりこんでいきました。

高校は東京学芸大学附属高校に進み、鎌倉から長い時間をかけて電車通学していました。この頃も相変わらず数学が好きでしたが、現代国語の勉強も楽しんでいました。これも学校の先生の影響が強くて、授業では人間心理の深みについて解説してくれました。その先生の授業には、「物事に対して常に自分なりの考えをしっかり持つ」という教えが込められており、それが数学者になる上でも土台になったと思います。

将来が見えない不安と戦い続けた大学時代

東京大学に通っていた頃、横綱を務めた北の湖関と撮影。家族ぐるみの付き合いがあり、優勝祝賀会に呼ばれたことも。

高校以降も数学を勉強したいと考え、大学受験では当初、東京大学を目標にしていました。

しかし、当時は「女性が社会進出するためには資格が絶対に必要」と考える風潮が、今以上に強かった時代でした。私自身、「女性が数学者としてやっていけるかどうかわからない」という不安も抱いていて……。

結局、周囲の意見に押されるようにして医学部を受験。合格することはできましたが、やはり数学への思いを断ち切れなかったのです。人生は一度きり、自分が進みたいと思う道を選ぶしかないと考え、医学部をすぐに退学し東大受験にチャレンジ。東大の理学部数学科への合格を果たしました。

ただ、それでも将来への不安が消えたわけではなく、ゴールが見えない中、手探り状態で勉強に取り組んでいました。また、大学で高等数学を学ぶと、先人たちの偉大な考えや理論に触れることが多くなるため、「はたして自分にもそのようなすごいことができるのか」と不安は一層募るばかり。私の人生の中で、大学時代は最ももがき苦しんだ時期と言えるでしょう。

しかし、専門的な勉強に取り組むために進んだ大学院で、ようやく不安から解放されるときを迎えます。

それまでは、すでにできあがった数学の理論を学ぶことが中心で、それと同じような内容を自分で考え出せるとは到底思えませんでした。ところが、大学院に入って自分自身でテーマを考えて研究を進めるようになったことで、視野が広がっていきます。遥か遠くにあるように思っていた最先端の数学が少しずつ身近に感じられるようになったのです。さらに修士課程の1年目で論文を書き上げたことも自信を持つきっかけになりました。

数学の力を使してこの世界の謎を探る

論文の共著者と、論文の完成を祝って撮影。数学者としての自信を深める。

その後、教師として職を得て大学で教える立場となりました。縁あってドイツやフランスの研究所で働くこともでき、数学者としての幅を広げるのに大いに役立ちましたね。

学生時代は、数学者としての道が開けておらず、いつも将来に対して不安を抱きながら毎日を過ごしていました。それでも、「数学から離れることはできない!」と、その一心でここまで歩んできました。才能の有無を考えず、やりたいことをあきらめないことが大切です。現在の研究分野は幾何学で、さらに専門的に言うと微分幾何学を扱っています。幾何学とは、簡単に言うと物の形を理解するための学問です。

宇宙は神秘的な調和に満ちていますが、その謎を解き明かすことは、科学者の大きな夢です。その夢をかなえるための有効な手段が数学であると信じており、それが数学に惹かれる理由でもあります。これからも地道に研究を続け、宇宙の本質への一歩を進めることができればうれしいです。

女性科学者たちの活躍をサポートしたい

2014年、原子分子材料科学高等研究機構はシカゴ大学と協定を結ぶ。写真は、関係者との話し合いの様子。

現在、私が機構長を務める原子分子材料科学高等研究機構は、実験材料科学者と数学者が一つ屋根の下で研究している世界初の国際的研究拠点です。ここには、世界中からたくさんの研究者が集まってきます。彼らとともに研究に取り組んでいると、さまざまな考え方や価値観があると気がつきます。これからも幅広い分野の研究者と仕事をしていきたいと思います。

また、研究現場で活躍する女性が増えてほしいと願っています。

私は数学の研究を続ける中で、女性としてハンディキャップを感じることはほとんどありませんでした。ただ女性科学者を対象とした猿橋賞を受賞したことを機に、女性研究者にとって働きにくい環境がまだあることを意識するようになりました。研究の世界に残るハンディキャップを少しでも減らし、若手研究者たちの成長を後押しすることも、これからの目標です。

その一方で、子どもたちには、一見ハードルがあるように見えても、将来の可能性に自らふたをしないようにしてほしいですね。本当に好きなことなら、ひたむきに努力できるし、辛い状況でも続けられるはずです。そして、どんな分野でもとことん追求すれば、道はいつしか必ず開けてくるものです。

私が本好きになったのは確実に父の影響です。読書家でたくさんの本を持っていました。一方母は、大きな器で私の言動を受けとめてくれました。木に登って危ない目にあいそうなときなどはさすがに叱られましたが(笑)、それ以外に注意された記憶はあまりないですね。私が医学部をすぐに退学してしまったときでさえ、両親はどちらも反対することなく理解を示してくれましたから。
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