「一家に一体のロボット実現が目標」

 高橋智隆氏(ロボットクリエイター)

夢をかなえるために大事なこと3つ

物づくりに熱中する 鉄腕アトム大好き少年

幼稚園の頃から、ロボットをつくる科学者になりたいと思っていました。

きっかけは、漫画『鉄腕アトム』。両親が手塚治虫のファンで、家には漫画がたくさんありました。それを読むうちに、アトムが大好きになったんです。単行本で見たアトムの設計図や、さまざまな博士たちが生み出す個性豊かな脇役ロボット・・・・・。本当に胸がわくわくしました。

もちろん、物をつくることが昔から大好きでした。レゴブロックがたくさん家にあったので、毎日それで何かしらつくっていたように思います。私の祖父も物づくりが好きで、祖父の家には専用の工作室がありました。夏休みに遊びに行くと、まずは一緒に裏山の竹やぶへ。そこで竹を切りだしてきて、工作室で竹トンボや弓矢をつくる・・・・・。少し薄暗くて、道具や材料がそこらじゅうに転がっている工作室の中で祖父と過ごした思い出が、私の原点かもしれません。

工作好きというと、家で過ごしてばかりいるような感じがしますが、 私は外で遊ぶことも大好きで、虫を採ったり、釣に行ったりがほぼ日課でした。 特にブラックバス釣りに熱中し、学校が終わるとすぐに釣り道具を持って、 家のすぐ前にある琵琶湖めがけて駆け出だしたものです。

ブラックバスは、ルアーという魚の形をした木やプラスチックでできたニセモノの餌で釣ります。 釣具屋で売っているのですが、私はそれでは物足りず、自分でルアーをつくることにも熱中しました。 釣れた魚の量よりも、ルアーをつくること自体が楽しかったですね。

その後、私立中学に進み、高校は立命館高校へ。入学試験なしで立命館大学に上あがれるので、 勉強した記憶は正直あまりありません。暗くらくなるまで外で遊び、家に帰ると何かをつくる。 そんな青春時代でしたね。

就職試験の秘策が失敗 一念発起し京大合格へ

小学校1~2年生の頃の写真。「物づくりが好きで、欲しいおもちゃがあれば自分でつくってました」(高橋氏)

立命館大学を卒業する際には、就職試験を受けました。やはり物づくりに携わる仕事がしたかったので、もともと釣りが好きだったこともあり、釣具メーカーを第一志望としました。

試験にあたり、私にはひとつ“秘策”がありました。リールを自作して、就職試験に持ち込んだのです。よいところまで進んだのですが、結果は不採用。私は間違いなく合格するだろうと思っていたので、「もし落ちたら京大に行って勉強しなおす!」と家族に宣言していました。

不採用がわかったその夜に、私は高校の化学の教科書を引っ張りだし、一晩で読み切りました。なぜ化学かというと、理科系の中で一番嫌いな科目で、それを読んで理解出来れば、ほかは大丈夫だろうと考えたからです。そしてこのときに、本気で京大受験を決めたのです。

京大を選んだ理由のひとつは、就職活動を通して、大学の名前が非常に重要な意味を持つと知ったから。「この大学を卒業したということは、このくらいの能力があり、このくらいの努力が出来る人間なのだろう」という形で評価されます。つまり良い大学で一生懸命勉強して卒業すれば、それだけ自由に会社や仕事を選べると私は考えました。

同時に、ひとつ私の心に蘇ってきたことがありました。それは、ロボットへの憧れです。ロボットは、物づくりの究極。それを大学で学びたい。その気持ちが受験勉強への大きな力となり、楽しみながら勉強に取り組めました。そして、一年で何とか京都大学工学部に入学したんです。

追い風の中、帆を上げてロボ・ガレージを創業

2007年、フランスで個展を行ったときの1枚。多くの来場者が訪れ、高橋氏も自分で説明を行ったそう。

京都大学在学中は、ひたすらロボット研究に明け暮れました。研究室には製作のための十分なスペースがなかったので、大学では知識を学び、実家の自分の部屋を工房にして、そこでロボットを作っていました。

最初は、プラモデルを買ってきて、そこに自作のメカを組み込んで二足歩行させることから始めました。ちなみにその中で生まれた「電波吸着二足歩行」という技術は特許として認められ、商品化されました。

2体目のロボットからは、パーツからデザインまですべて自分でつくりました。その後もロボットをつくり続け、大学の卒業論文もヒューマノイド(人型)ロボットをテーマに選びました。卒業が近づいてきた頃、大学発のベンチャーを支援する仕組みができてきたり、ホンダの「アシモ」などの登場で、世の中のロボットに対する注目度が高まってきたりと、追い風が吹いていました。それに乗る形で、卒業と同時に、ロボ・ガレージを創業したのです。

目線は常に未来へ向ける 自分なりのアトム製作が夢

2008年、ロボット「エボルタ」が、アメリカの峡谷・グランドキャニオン登頂に見事成功した。

ロボ・ガレージの仕事の流れは、まずロボットをつくることから始まります。新しい技術や、自分の新たな発想を取り入れたオリジナルの作品を、部品から完全に1人で製作していきます。材料はホームセンターなどで揃えたものを加工して使いますが、そのときには、釣りのルアー製作などで培った物づくりの経験が生きていると思いますね。

1年から2年にかけて、ロボットの試作品が1体完成します。それを記者発表したり、イベントやミュージアムで公開すると、大きな会社から「うちでそのロボットを商品化したい」「使われている技術を教えてほしい」といった」連絡が入ります。そうやって、まず自分の最新の技術を知ってもらい仕事につなげていくのです。実際のロボットづくりは地味な作業の連続。たとえば、小さな部品を何十個も切り出す作業は、単調でとても疲れます。しかしだんだん形になって完成に近付いていく喜びが、そんな疲れを吹き飛ばしてくれます。

私は今まで、世界の色々なロボット競技会やロボットイベントに出てきました。その経験からも言えますが、日本のロボット技術はまぎれもなく世界一です。中でも、ヒューマノイドロボットにおいては世界をリードし続けています。将来、ヒューマノイドロボットは、家の中で人間とコミュニケーションを取り、他の電化製品、作業ロボットや防犯システムなどをコントロールする役目を担うでしょう。人と接する上で、ロボットの外観のデザイン、スムーズな動き、そしてコミュニケーションのデザインが重要になります。そのためには人間のことをよく知り、今までの作業ロボットや実験用ロボットとは異なる新しい発想で開発することが求められます。

近い将来、一家に一体ヒューマノイドロボットが普及する時代がやってくるでしょう。そのときのロボットに、私が開発した技術が使われていたり、デザインが取り入れられていて欲しいと思います。

私の原点は、やはり鉄腕アトム。もし国家計画として「鉄腕アトム開発プロジェクト」が実施されるなら、ぜひ中心になって開発したい。日本の最高の技術を集めて、"私なりのアトム"を作り上げること、それが私の夢であり、目標なんです。


両親の教育方針だったのかもしれませんが、「超合金ロボット」といった、出来合いのおもちゃは一切買ってもらえませんでした。 でも、おかげで欲しい物は自分でつくるようになり、その結果、物づくりが好きになったのかもしれません。 立命館大学卒業後、就職せずに、京都大学を再受験すると言い出したときにも、信用して「やるからにはちゃんとやれ」とはっぱをかけてくれた。 そうやって背中を押してくれた両親には、とても感謝しています。

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