「石油に代わる新エネルギー"イタミン"を開発したい」

伊丹健一郎氏 (名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所 拠点長)夢をかなえるために大事なこと3つ

レゴとスーパーカーが大好きだった少年時代

伊丹健一郎
1994年京都大学工学部卒業。1998年同大学大学院工学研究科合成・生物化学専攻博士後期課程修了。2008年より名古屋大学大学院理学研究科物質理学専攻化学系教授。受賞歴は、2012年のドイツ・イノベーションアワード、2012年の英国化学協会フェローなど多数。

子ども時代、レゴブロックが大好きで、3歳頃からいろんなものを組み立てて遊んでいました。小学校時代は、スーパーカーブームの洗礼を受け、「いつかは自分もランボルギーニを乗り回したい」と本気で思っていたものです(笑)。

性格は、猪突猛進で飽きっぽい。一度興味を持つとすぐ夢中になるのですが、一方で興味の対象は次々と変わっていきました。ですから、小学校はサッカー、中学は野球、高校ではバスケットボールと、あれこれ挑戦し、練習に明け暮れていましたよ。

初めて進路を意識したのは、小学校低学年。小3のとき、父親に「将来、何になりたいか全然わからない」と漏らしたことがあったのです。「世間を知らなさ過ぎる!」と怒られました。そして、「新宿に行ってオフィスビルの中に入り、片っぱしから会社名をノートに書くように」と命じられました。

実際、3つ下の弟を連れて、二人で電車に乗って新宿まで行ったのです。ビルの案内に表示された会社名を書き連ねていくうちに、弟と二人でクタクタになりました。ある建物の屋上へ上ると、眼下に無数のビルが広がっていました。そのとき「数えきれないほどの人がいて、こんなに多くの職業があるんだ」と実感しました。自分の知識の乏しさを思い知りましたが、その後も特に具体的な夢は持てないままでしたね。

楽観的なロジックが化学の道の第一歩に

4歳の頃はアメリカ・ペンシルバニア州ピッツバーグに在住。当時からレゴブロックが大好きだった。

進路探しの真最中だった高3のとき、新聞に、将来石油が底をついてしまうというニュースが載っていて、ショックを受けました。「石油がなくなるとランボルギーニに乗る夢がかなわなくなる!」と真剣に焦りましたよ。

そんな折、京都大学の大学案内で、新しい分子を生み出す合成化学科があるということを発見。そこで「ガソリンに代わる新燃料を開発しよう」と思いついたのです。レゴブロックが得意でしたし、体力にも自信があったので「自分も研究者になれる」と楽観的に考えていました。受験と趣味の相互作用が生み出した自分勝手なロジックが、化学者の道へと導いたのです。

余談ですが、ガソリンに代わる新物質を開発することができれば、自分の名字の伊丹をひねって、イタミンという名前をつけようとも考えていました。高校でも周囲に言いふらしていたのですが、こんな突拍子もないことを言う人間はほかに誰もいません。クラスメートは今でも覚えていてくれて、同窓会に行くと必ず「イタミンはできたか?」と聞かれます。残念ながらまだ開発できていませんので、段々と同窓会に行きづらくなってきました(笑)。みんなへのアドバイスとして、実現可能かわからない夢を軽々しく口に出さない方がいいと思います(笑)。

世界を変える偉大な力を秘めた分子

バスケットボール部に熱中して学校生活を満喫していた高2の頃。体育祭で応援団を務めたそう。

志高く京都大学へ入学したものの、大学1,2年は教養課程。退屈な授業に段々と嫌気がさし、化学者になる夢も次第にしぼんでしまいました。大学3年までは、サークルとアルバイトに時間を費やす毎日でしたね。

しかし4年生で研究室に配属されたとき、修士1年の先輩が、世界トップクラスの研究に、朝から晩まで一生懸命取り組んでいる姿に衝撃を受けました。心が大きく揺さぶられ、「先輩たちと同じ景色が見たい」と思い、もう一度死ぬ気でがんばってみようと決意しました。

研究とは、教科書に「できない」と書いていることを「できる」ようにすること。いわば、新しい教科書をつくるのが仕事です。誰も歩いたことのない道を歩くことに、とてもやりがいを感じましたね。

私が行なっている研究は、分子と分子とを上手につなげて化合物をつくる、合成化学というもので、言語に似ています。原子一つひとつは、アルファベットに見立てることができます。アルファベットのABCは、単独では何の意味もありません。しかしアルファベット同士を組み合わせることで、BOOKやPENなど、ひとつの単語になりますよね。それと同じで、原子一つひとつは無意味な存在でも、それぞれが適切な順番で並ぶと分子になります。次に、そ
の分子を適切につなげることで化合物がつくられます。アルファベットから単語が生まれ、文章ができることと同じなのです。

分子はとても偉大で、ときに世界を変えてしまう力を持っています。イメージとしては、地球を約1億分の1にギュッと縮小しサッカーボール大にして、さらに約1億分の1に縮小した大きさ。それはナノメートルという単位になります。それほど小さな分子という単位は、薬や携帯電話など、ほぼすべての機能に必要とされています。

たとえば世の中には天然のバニラや人工的に作られた香水など、あらゆる匂いがありますよね。匂いは、さまざまな種類の原子が結びついてできた分子を、いろいろな形に並べてつくられています。並べ方が違うだけでまったく異なる匂いになってしまいます。つまり、つなげ方がとても重要なのです。普通では決して結びつかない分子をつなげるには、仲を取り持ってくれる"魔法の粉"が必要です。それを触媒と呼ぶのですが、触媒をどうやってつくり、育てるかというのが、現在、私が取り組んでいる仕事です。

夢はイタミンの開発と優秀な研究者の育成

大学2年頃。勉強に退屈し、アルバイトとサークルに明け暮れていた。

私たちが開発した技術は、世界中のあらゆるところで利用されています。市販化されている化合物もあり、誰でも使えるようになっています。中には製薬会社によって、薬をつくるプロセスに利用される場合もあります。自分たちの手を離れて世界中で活躍する姿を見るのは、生みの親の心境のようなものを感じ、感動もひとしおです。今後も、世界を変える分子をつくることを目指していきたいと思います。お金儲けのためではなく、世の中の人に活用してもらえるよう貢献したいですね。

そして、私が化学者として長年の夢だった、石油に代わるイタミンの開発も実現したいと思います。太陽光エネルギーを電力に変換する分子を開発すれば、イタミンの候補になるかもしれないと考えています。

一方、私よりも優れた化学者をプロデュースすることが、教師としての大きな役割でもあります。アメリカの有名な教育者、ウィリアム・E・ワードが「三流の教師は指示をする。よい教師は説明をする。優れた教師は模範となる。偉大な教師は内なる炎に火をつける」という名言を残しています。私も、学生たちに刺激を与え続け、心の炎に火をつける教師でありたいと願っています。

「大きく育てる」というのが父の教育方針でした。学校の通信欄にも毎回、「大きく育ててください」と書き続けていましたね。一般的には、親は子どもの悪いところを直そうとしがち。しかし、摘んでしまうと樹が小さくなるから「とにかくよいところを伸ばす」というのが父の考えでした。母は底抜けに明るく、笑いの絶えない家庭でした。だから、失敗しても笑っていられる楽観的な人間に育ったのだと思います。「たくさん遊ぶために、勉強は学校にいる時間に済ませなさい」と教えられたことも、教訓になりました。
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