肺移植手術で、たくさんの患者さんを健康にしたい

伊達洋至氏 (京都大学医学部附属病院 呼吸器外科 教授)

夢をかなえるために大事なこと3つ

かけっこが大好きで中・高は部活に熱中

私は、子どもの頃から今でも、走ることが大好きです。小学校時代は、家の中で遊んだ記憶はありません。京都との郊外にある、自然に囲まれた地域で育ったので、学校から家に帰ったら、ランドセルを置いてすぐに外へ飛び出していました。友達と一緒に山の中を探検したり、野球やかけっこ、フナ釣りなど、いつも身体を動かして遊ぶ活発な子でした。小学6年生のときに、2歳上の兄が通っていた、近くの私立中学校を受験しようと決めました。塾に通うこともなく、一人で受験勉強をして、志望校へ合格したのですが、中学1年生のときに、父親の仕事の都合で岡山県へ引越しすることになりました。

岡山の中学校に転校してからは、部活が生活の中心になりました。陸上競技部で練習に励む毎日で、中距離走選手として活躍し、岡山市で1番になりました。その後、岡山大安寺高等学校に進学。高校でも部活に熱中して、岡山県で2番の成績を収めました。

自分の進路を考え始めたのは、高校1年生のとき。私が通っていた高校は、2年生からコース制になるので、文系か理系かを選ばなくてはなりません。私は、数学や科学、物理が好きでしたし、兄が大学の医学部へ進学したことにも影響を受けて、自分も理系を選んで、医師になろうと考えました。一方で、弁護士への憧れもあり、どちらを選ぶべきか悩みました。両方の仕事について、本を読んだり、人から話を聞いたりして調べた結果、性格が正直な自分には、医師のほうが向いていると思い、理系コースを選んだのです。

高校2年生の後半からは、一日10時間以上勉強し、当時の家の近くにあった、岡山大学の医学部に入学しました。

肺移植手術の目標を長年かけて実現

中学校時代、部屋に飾られた表彰状の前で撮影した1枚。「とにかく部活動に打ち込みましたね」(伊達氏)。

ひとくちに医師といっても、内科や外科など、専門分野があります。私は、体力に自信があったという単純な理由から、外科医になろうと思いました。そのため、大学卒業後は、岡山大学医学部第2外科大学院へ進んだのです。

当時の第2外科は、心臓や肺、消化器、乳腺の手術など、さまざまな手術が行なわれていました。中でも、肺がんの手術がどんどん増え始めていました。そのとき、呼吸器を専門に研究されている、清水信義先生の手術を実際に見て、自分も肺がんの手術を行ないたいと思いました。とはいえ、当時は研修医。すぐに手術はできませんし、経験がないことにはチャンスも得られません。また、外科医には技術力が必要とされるのは当然のこと。それを裏づける判断力も非常に重要です。どんなに優れた技術を持っていても、判断力がないと手術を行なうことができないし、知識が豊富にあっても手を動かせない人は外科医にはなれません。そこで私は、自分の腕を磨くために、数えきれないほどの動物実験を積み重ねて、手術の練習をしました。当時から肺移植を専門に研究していたので、肺を取り出して、それを元に戻すというテクニック習得のための訓練をしたのです。

しかし、人の肺移植の手術を行う目標を実現するまで、長い時間がかかりました。大学院に入学してから、13年後です。その間、アメリカへも留学して研究に励み、実際に執刀したのは98年。日本で初めて、生きている人の肺の一部を提供してもらって移植するという、生体肺移植を成功させました。

医療の最先端を研究し後輩たちに伝えたい

1998年10月、日本で初めて生体肺移植手術に成功した際に撮影。手術にあたって、メンバーとのチームワークも重要な役割を果たす。

現在では、医療技術や機器が大幅に進歩したおかげで、かつては30㎝ほど切り開いていた肺がんの手術も、小さな傷で、痛みも最小限に抑えた手術が可能になりました。胸腔鏡というカメラで胸の中の様子を見ながら手術するため、傷や傷みなどのダメージを少なくすることができるのです。

つい最近では、ロボットを使った手術も執刀しました。このロボットは、執刀医が離れたところから操作します。アームには7つも関節があるため、胸腔鏡よりも動きの自由度が高く、複雑で細かい手術ができるようになっています。

また、将来的には、医療機器が発達するだけでなく、違う血液型の肺を移植したり、自分の体の一部からつくられた人工臓器を移植することが可能になるかもしれません。私たち呼吸器外科医は、患者さんによりよい手術を受けてもらえるように、研究を続けています。

現在の目標は、後継者を育成すること。たとえば年間約150人の呼吸器外科手術をするとして、10人の後輩がいれば、1500人もの患者さんが最新医療を受けることができますよね。自分の経験を後輩たちに伝え、京都大学の呼吸器外科を、世界のトップに導きたいと思っています。

くじけない強い心でプレッシャーに勝つ

大学2年生のとき出場した駅伝でタスキを受け取った瞬間。現在も大会などに参加し、走ることを継続している。

医師の仕事は、人の命に直結するため、たくましくなければやっていけません。しかも、手術に失敗するかもしれないという大きなリスクがあります。万が一失敗し、心にダメージを負ったままでは、次の手術にも影響します。医師は、いつまでもくよくよしていられないのです。

アメリカでは、患者さんと医師が契約を結び、失敗するリスクを理解してもらいやすい環境にありますが、日本ではそうはいきません。手術のたびにプレッシャーと戦っているわけです。体調は、規則正しい生活を心がけることで管理することができますが、精神的なコントロールは、とても難しいことなのです。私自身、どうすれば強い人間になれるか、今でも模索しています。

日頃の習慣として、毎朝、出勤前にランニングして、お寺にお参りしています。信仰上の理由からではなく、そうすることで気持ちが落ち着くからです。また、早朝から走れば夜更しすることもなく、規則正しい生活になりますから。ときには、親しい人たちと食事を楽しんだり、小旅行に出かけるなどして、ストレス発散も心掛けています。

ですが、何よりも心の支えになっているのは、患者さんの元気になった姿です。「ありがとうございます」と言っていただけるから、次もがんばろうと思えます。

みんなも、将来の夢に向かってがんばっていく中で、プレッシャーを感じるときがやってくると思います。そんなときでも、自分を信じてがんばってほしいと思います。自分の夢を叶えるためには、長い年月が必要です。多くの人は、結果が出ないと挫折してしまいますが、絶対に諦めないことが大切です。

もちろん、健康でいることも大事。私が手術する患者さんの半数以上は肺がんです。喫煙は肺がんのリスクを高めるので、大人になっても、タバコを吸ってはいけませんよ!

私が医師の道を選んだのは、現在も脳神経外科医として働いている兄の影響が大きいです。そんな私たち兄弟を、あたたかく見守ってくれた母親には、とても感謝しています。あれをしろ、これをしろと強制されたことはなく、のびのびと育ててくれたおかげで、好きなことをやってこれました。進路にしても、最終的には大学の医学部を目指したわけですが、だからといって、勉強しろと口うるさく言われたこともないです。母親が優しく接してくれた記憶は、いつまでも忘れないものですね。
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