「真実は、試験管の中ではなく患者さんの細胞にある」

松岡雅雄氏 (京都大学ウイルス研究所 所長)

夢をかなえるために大事なこと3つ

結核にかかった経験から医者を目指すことに

 子どもの頃から生き物が好きでした。福岡の香椎という海の近いところで育ったのですが、毎日のように釣りに行ったり、近くの神社でザリガニ採りをしていました。昆虫採集もよくやりましたね。別に標本を作るわけではないのですが、とにかく生き物が好きだったんです。でも、4年生のときに、突然「こんなに生き物を殺生したらいかん!」と思ってやめました。子どもながらに、やり尽くした感じがあったんでしょう(笑)。

 税理士の父と専業主婦の母、そして兄と4人で暮らしていたのですが、6歳上の兄とは年齢が離れていたこともあり、一緒に遊ぶことはほとんどありませんでした。勉強も遊びも、何でも“自分”でやる感じ。親からも「勉強しなさい」と言われたこともありませんでしたね。とにかくよく遊ぶ子どもだったと思います。

 それが大きく変わったのが、中学1年生のとき。結核にかかってしまったんです。最初の1か月くらいは、診断がつかずに、自宅で療養していました。とにかくつらくて、寝汗が半端じゃなかった。汗で身体が冷えて目が覚めるくらいでした。今ならば、結核で基礎代謝が上がって汗をたくさんかいたんだとわかりますが、当時は「自分は本当に大丈夫なんだろうか?」と、とても不安な気持ちになったことを覚えています。

 その頃からですね。「医者になりたい」と思い始めたのは。

 中学・高校の部活に所属しませんでしたが、熊本大学の医学部に入学して、弓道部に入りました。兄が少しやっていた影響があったからでしょう。まったくの初心者から始めましたが、一生懸命打ち込みました。おかげで、今でも付き合いのある仲間が作れました。

患者さんと接することで定説に疑問がわいてきた

小学校4年生のとき、うさぎ小屋でクラスメイトと撮影。「生き物が大好きでした」(松岡氏)。

 とにかく医者になりたいと入った医学部でしたが、卒業する頃には「現在の医学療法では治せない病気を治したい」と、白血病やリンパ腫といった血液の病気は専門の血液内科の臨床医になりました。

 ただ、血液内科の臨床医はつらかった。当時、白血病やリンパ腫にかかった患者さんを完治するのは、難しく、なかなか精神的にも厳しい環境だったのです。その現場でご指導いただいたのが、ATL(成人T細胞白血病)という悪性腫瘍を発見した高月清教授でした。当時、ATLを完治することは、ほとんどゼロに近かった。その中で、病気を解明しようという高月先生の仕事ぶりを間近で見ていくうちに、私もATLの研究を志すようになりました。

 しかし、臨床医として患者さんと接することと並行して研究を続けていくと、だんだん学問上の定説に疑問がわいてきました。実際の現場と、机上の研究に食い違いを感じたわけです。

 何より臨床をしながらの研究は、簡単なことではありません。患者さんのケアから外来もやらなければいけないし、仕事が終わってからの研究では時間が足りなさ過ぎる。患者さんと向かい合う臨床医として力を入れるほどに、ALTの研究に力を注げなくなったのです。

 そこで約10年前に現在の「ウィルス研究所」に移ることを決意しました。

ウィルスとの共生関係がなぜ崩れてしまうのか

「熊本大学医学部の頃、弓道部で練習しているときの写真ですね」(松岡氏)

 みんなも「ウイルス」という言葉を聞いたことがあるでしょう。ウイルスは自分自身では生きていけない最小の生命体のこと。ウイルスは、人や動物、魚、海草、植物といった「宿主」に取りついて増えていくのが特徴で、地球上の生きとし生けるものすべてに取りついているのです。

 ただ、ウイルスが感染したからといって、すべて病気になるわけではありません。その多くは共生します。共生とは、違う生物がお互いに作用しながら生きていくことです。それゆえ、共生関係が崩れると病気になってしまう。

 ウイルスには、急性感染を起こすものと、慢性感染を起こすものがあります。インフルエンザは「急性ウイルス」のひとつで、病気になる確率は高いけれど、すぐに回復するのが特徴です。その対にあるのが、「慢性ウイルス」です。ずっと宿主の中で共生関係を保つのですが、その関係が崩れると病気になってしまう。ATLの原因となる「ヒトT細胞白血病ウイルス1型」も慢性ウイルスです。このウイルスに感染したヒトの95%は、共生して病気にはなりませんが、そのうちの5%の方は白血球の一種のリンパ球に感染。それにより白血球が増殖して白血病を発症するのです。

 ウイルスの側から考えれば、ずっと宿主と一緒に共生していたいはず。共生し続けて、どんどん広まっていくのが望みなのですから。でも、やり過ぎにより共生関係が崩れ、病気を発症してしまう。それにより宿主が死んでしまうのは、ウイルスとしても本望ではないのです。

患者さんと研究の架橋になる仕事をしていきたいる

弓道部の同級生と一緒に、熊本県の五家荘へ紅葉を見に行ったときの一枚。

 現在、私はウイルス研究所で、ATLとエイズがどうして発症するのかを研究しています。つまり、どこで人間とウイルスとの共生関係が崩ずれるのかを解明しているのです。

 中でも、「ヒトT細胞白血病ウイルス1型」のうちの5%が、どうしてATLとして発症するのかについては、多くのウイルス学者たちによる定説がありました。しかし、私は前述の通り、その結果に対してどこか違うと感じてきました。私の研究のスタートポイントは、臨床医として接してきた患者さんです。彼らのデータを調らべれば調らべるほどに、これまでの定説とは違う結果が出てきたのです。
── 真実は試験管の中ではなく、患者さんの細胞にある──。このスタンスを突き詰めて研究してきたからこそ、白血病を発病する原因遺伝子を特定することができたのです。

 臨床医ならば患者さん、基礎研究ならば試験管ばかりを見るのではなく、広い視野で総合的に判断することで、違った結果が見えてきます。いろいろな分野の人と話をすれば、さらにその視野を広げることができる。こういう努力が、研究者にとって大事なことだと思います。

 私は今でも、担当した一人ひとりの患者さんを覚えています。残念ながらほとんどの方が亡くなられていますが、ある末期患者の方からの言葉は、今でも心に残っています。「先生はちゃんと、この病気の原因を明らかにしてください」と。

 今まで出会ってきた患者さん一人ひとりが、私がやっている研究を後押ししてくれている。今は、そんな気がしています。

 ATLの研究は、なぜ人がガンになるのかを探る上でも大事なモデル。今後も患者さんと研究の架け橋になるような仕事を続けていきたいと思います。


両親には、伸び伸びと育ててもらいましたね。父と6歳離れた兄が税理士をやっていたので、そういう道も考えましたが、やはり医者への道を選びました。私には、娘と息子がいるのですが、彼らには私が一流だと思う人物に会わせるようにしました。どんな分野でもいい。その分野で第一線を走っている人と話をする中で、これまで知らない世界を感じて欲しいと思いました。今年、娘が医学部を卒業したのですが、彼女が高校生のときに、「この人はすごい!」という医学者に会わせたことがありました。そこで受けた刺激が、後々効いてくるのです。そんな機会を作ってみてはいかがでしょうか。

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