宇宙旅行が気軽にできる時代を一日も早く実現したい

松尾亜紀子氏(慶應義塾大学 理工学部 教授)

夢をかなえるために大事なこと3つ

宇宙飛行士からNASAへ目標を変更

小学校から高校まではずっと地元の学校で、比較的すんなりと進学できたため、あまり勉強した覚えはありません。成績は、取立ててよくも悪くもない生徒でした。私が子どもだった頃は、まわりに学習塾に通う子はいなくて、そろばんやピアノなどの習い事ごとがさかんでした。学校の勉強では、算数が一番好きでしたね。暗記ものの多い教科は、勉強に時間がかかるので苦手。それにくらべて算数は、公式などベースになるところだけ覚えるだけで、クイズを解くようなおもしろさを味わえるところがよかったんです。

 子どもの頃の夢は宇宙飛行士。ロケットに乗って宇宙を飛びまわるような物語の本に夢中でしたから。それなのに、私はジェットコースターにも乗れないし車酔いがひどい(笑)。それで、宇宙飛行士はすぐにあきらめて、ロケットをつくって飛ばす側の人に憧れるようになったんです。中学生のときには担任の先生に「どうすればNASAで働く人になれますか?」と質問したこともありました。先生は「入るのが難しいところだから、うんと勉強しないと」とおっしゃいました。ところが、私は中学から高校にかけては吹奏楽部に入っていて、勉強そっちのけで部活に打ち込んでいました。そんな調子でしたから、大学受験を考えるときになって、航空宇宙工学を学べる学校が、自分の実力では入れそうにないことにようやく気づいたんです。浪人して再挑戦しようかとも考えましたが、大学入試へ向けて勉強するうちに、次は数学への興味がわいてきてしまって(笑)。それで、上京への憧れもあり、津田塾大学の数学科へ進学することにしたんです。

回り道をした経歴が研究者としての強みに

大学生の頃。「旅行が好きで、春休みに2か月のヨーロッパ一人旅を2回したこともあります」(松尾氏)

不思議なことに、大学に進学してみたら、今度は「ロケットの研究をしたい」という思いが、またどんどん募っていくんです。大学生活を続ける中で「やらなければきっと後悔する」と考えるようになって、大学院へ進んで、その方面の勉強をしようと決意しました。名古屋大学の大学院で、希望に合う募集があったことも、運がよかったと思います。

大学院進学で、ようやく私は念願の航空宇宙工学の勉強を始めたわけです。2年間の修士課程を終えると、人の紹介もあって、企業の研究所で働く道を選びました。いったんは社会へ出たものの、転機は就職して2年目にやってきました。

所属する研究所の紹介で、アメリカのプリンストン大学に、交流研究員として派遣されることになったんです。わずか3か月間でしたが、本当に貴重な経験でした。特に大きかったのは、博士号を持っていないと、やはり研究者として一人前とは認められないということ。就職したものの、自分が中途半端な考えのまま研究の世界にいたことを痛感しました。

そこで、すぐに会社を辞めて、大学院へ戻り、博士課程へ進みました。そのときご指導いただいた先生の関係で、宇宙科学研究所( 現在のJAXA)でコンピュータ解析に携わる機会にも恵まれました。大学院のある名古屋と、研究所のある神奈川県相模原市を、繰り返し行き来しながらの生活は、大変でしたが充実感がありました。このときに身につけた知識と積み重ねた経験が、研究者としての、私の基盤になっていると思います。

その後、縁があって現在働いている慶應義塾大学理工学部機械工学科に研究の場を移すことになりました。結果的には、数学科へ入ってみたり、一般企業に就職したりで、私の経歴は航空宇宙工学の研究者としては、すいぶん回り道をした形になってしまったと思います。でも寄り道をした分、物事に対する考え方や、研究の進め方にはいくつものやり方があるんだと、身をもって知ることができましたね。

危険な事故を防ぐために物事を予測するという研究

博士課程時代、ベルギーから来日された流体シミュレーションで有名なHirsh博士等と撮影したもの。中央が松尾氏。

私が研究しているのは、みんなにはなじみがないかもしれませんが、流体力学という分野です。具体的には、エンジンの中で起こっている燃焼や、ロケットが宇宙空間を進むときの推進力を、コンピュータを使ったシミュレーションで明らかにする学問です。シミュレーションというのは、実際に実験をするのではなく、数式や模型などを用いて結果を予測すること。たとえば、音速の5 倍の速さで飛ぶロケットをつくろうとしたら、時間もお金も莫大にかかってしまいますよね。そこでコンピュータを使って計算することで、費用と労力を節約しながらデータを集めて、効率的なエンジンの開発が可能になるのです。

また、この分野の研究の利点は、危険な実験をしなくてすむところにもあります。たとえば、爆発が起こったときに爆風や火がどのように広がっていくのかを調べるために、実際に爆発させるのはあまりにも危険です。福島県の原発での事故のことはみんなも知っていると思いますが、原子炉の水素爆発も、シミュレーションによって得られたデータがあれば、原因を解明したり、今後の対策を立てるのに役立てられるのです。

研究者でなくても宇宙開発に関われる

2001年、学会のために訪れたシアトルにて。「さまざまな場所に行けるのも研究職の魅力です」(松尾氏)

そういった研究をしているので、以前、国土交通省が組織する「航空・鉄道事故調査委員会」という機関のメンバーを務めたこともあります。そこでは飛行機や電車の事故の研究や原因究明をするのですが、みんなが普段使っている交通機関で悲しい事故が起こらないように、防止策を考える活動を通じて、社会に貢献する実感を得ることができました。それと同時に、さまざまな分野の専門家と接して、とても勉強になりました。

また、この経験をきっかけに、自分の研究分野を広い視野で見られるようにもなりました。それまでの私は、ロケットの開発技術にしか関心を持っていないところがありました。ところが、航空機でも鉄道でも、運行するためのシステムや体制、さらには政治、経済、国際情勢などを総合的に考慮しなくてはいけないことに気づいたのです。言いかえれば、ロケットに関わる仕事は研究者だけではないということ。みんながもし宇宙開発に興味があるとしたら、たとえ研究者にならなくても、公務員や政治家、企業に就職するなど、さまざまな角度から関わることだってできるのです。

昨年、小惑星探査機の「はやぶさ」が7年間の宇宙航行を経て、遠い惑星の物質を研究者でなくても宇宙開発に関われる採取して帰還しました。宇宙には未知の領域がまだまだたくさんあるんだと、夢を感じた人も多いでしょう。こんな風に、だれもが気軽に宇宙へ行ける時代がやってきたら楽しいと思いませんか?

私の夢は、子どもの頃に考えていたように、自由に宇宙旅行ができる手段を開発すること。人類の夢に一歩でも近づけるよう、これからも航空宇宙工学の研究を続けていきたいと思います。


高校で受験期に入るまでは、熱心に勉強するほうではなかったので、さかんに「勉強しなさい」と言われていましたね。私の出身地では、当時は女子が親元を遠く離れて進学するのは歓迎されない風潮があった中、両親は「やりたい勉強ができるなら場所は関係ない。自分の行きたいところへ行くべき」という考えを持っていました。「大学院で博士課程へ進みたい」と相談したときにも、すぐ賛成してくれました。進路を決めるうえで、私の意志を尊重してくれたのはありがたかったですね。

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