私立巣鴨高等学校の書道班で、リーダーを務める和田勇佑君。全国規模の書道大会で栄誉ある賞を獲得し、書のルーツである中国を訪れました。これまでにない体験は、勇佑君にとって貴重な財産となったようです。


大会上位入賞をきっかけに中国で見聞を広めた

     
     

1 愛用の書道用品。大小さまざまな筆を使っている。
2 巣鴨学園で毎年開催される書き初め大会で入賞した作品。
3 書道班のメンバー。班長である勇佑君は、お兄さん的存在。
4 集中して書に取り組む勇佑君。

書道を学ぶ少年少女たちの秀作を表彰する「成田山全国競書大会」。国内屈指の規模と歴史を誇るこの書道大会は、小学生から高校生までを対象としており、毎年数多くの作品が寄せられます。大会創設25年目の節目となる年。「生命の尊重」の文字をしたためて特別賞の「欄亭新星賞」に輝いたのは、当時、私立巣鴨中学校の3年生だった和田勇佑君でした。この賞は中国書法家協会が選考するもので、成田山で行われた授賞式には中国から協会副主席が訪日。直接、欄亭新星賞杯を勇佑君に授与しました。

勇佑君は受賞を知らされた日の興奮を振り返りながら、こう語ります。

「朝、教室に入ってこられた先生がいきなり、握手を求める手を差し出されました。そして、『和田、おめでとう。すごい賞を取ったね』」と……応募から2ヶ月ほど経っていたので、その瞬間は『え?』という反応になってしまいましたが、あとで少しずつうれしさが込み上げてきました。その日、帰宅したときには、玄関先で母に向かって思わずガッツポーズをしてしまいました。」

勇佑君が大喜びした理由は単に受賞したということだけではありません。成田山全国競書大会の上位入賞者は、中国を訪れて、現地の子どもたちと交流する機会を与えられるのです。巣鴨高等学校に進学し、1年生の夏休みを迎えた勇佑君は、ほかの入賞者たちとともに北京で4泊5日を過ごしました。「日中友好を目的とした書道交流会では、1歳年上の中国人女子生徒とペアを組み、皆の前で筆をとって作品を書きました。僕が先に書いたんですが、緊張のあまり頭の中が真っ白の状態になり、無我夢中でした」

1日100枚を書き上げぐんぐん腕前が上達

一方、落ち着いて、堂々とした運筆で書き上げた中国人の女子生徒を見て、大変感動したそうです。「中国には、小学2年生でも難しい篆書体や隷書体で大人顔負けの字を書ける子がいると知って、驚きました。さすがは中国だなぁ、と思い知らされました。」

書道交流会のほかに、滞在期間中は北京観光や食事会なども行われました。勇佑君にとっては、目にするもののほとんどが新鮮に映ったようです。お父さんの秀文さんも、休暇を取って北京滞在に同行しました。 「書道の奥深さや数千年もの歴史をもつ中国文化に触れられたのは、本人にとって貴重な経験になったと思います。また、書家の方々や新聞記者の方といった、普段接しない大人と話をした経験も成長の糧となるでしょうね。私自身も勇佑と2人で旅行をする機会なんてこれまでありませんでしたから、おかげでいい時間を過ごせました」

秀文さんは子どもの頃に書道をやっていたそうで、ふとしたきっかけで勇佑君も始めることになったのだとか。 「勇佑が小学3年生のときです。宇都宮へお祭りへ家族で出かけたら、道の上に道具を広げて筆で文字を書いている小中学生の集団が目に止まりました。おもしろそうなので見ていたら、近所の書道塾の人たちだというので、試しに勇佑と弟を通わせ始めたんです。最初勇佑は、弟ほどには興味を持っていなかったんじゃないかな」

書道塾で勇佑君が字を書いて持って帰ってきた練習用の紙まで「全部取ってある」というお母さんの知子さんも、当時の話をしてくれました。「先生がどんな子どもの字でも良いところを見つけてほめてくださる方だったんです。それに練習量の多いことでも知られるところだったので、月に一度は朝から夕方までずっとおけいこという 日もありました。1日に100枚も書いてくるんです。上達するにつれて、いろいろな書道展で少しずつ賞をもらえるようになったこともあり、だんだん書道にのめり込んでいったようです」

巣鴨中学・高等学校は書道教育に力を入れている学校で、全校書初め大会が毎年開かれています。また中高合同の書道班は、多くの書道大会に積極的に参加して数々の賞を獲得。勇佑君はその書道班で中学入学以来活動を続け、現在では班長を務めています。「うちの学校が、書道の盛んな学校だとは、まったく知りませんでした。班活動も、最初はいくつかの候補のひとつ程度に考えていただけでした。ただ、のぞいてみたら、アットホームな空気というか、楽しそうに活動している先輩たちに惹かれて、入ることにしたんです。」

1 リビングルームに集う和田さん親子。お母さんの知子さんは、「特に書道を勧めたことはない」そうだが、勇佑君の書道での活躍をとても嬉しそうに語ってくれた。
2 第25回成田山全国競書大会授賞式が、成田山の小冊子にて紹介された。制服姿の勇佑君が、緊張の面持ちで賞状をもらう写真が掲載されている。
3 蘭亭新星賞の賞状。賞品として、筆をもらったが、まだ下ろさずに大切に保管しているそう。
4 書道交流会のため訪れた中国で、お父さんと2ショット。後ろに写るのは、「鳥の巣」とも呼ばれている、北京オリンピックスタジアム。
5 小学4年生のときに、宇都宮のお祭りにて書を書く勇佑君。書道歴7か月とは思えない、堂々とした書。
6 蘭亭新星賞を授賞した作品。授賞作品は、成田山書道美術館、成田山新勝寺大本堂第二講堂に展示された。

勇佑君によると、書道班は「自由な雰囲気の中で、それぞれが思い通りに活動している」のだとか。活動時間の中で各自が好きな筆を持って、好きなときに筆を置きます。中学1年生から高校2年生まで一緒になって活動していることにより、学年を超えたつながりが強いのも書道班の伝統になっています。

「中3のときに班長だった先輩がとても親切な方で、書道展に応募する際にも何を書くかを決めるところから一緒に考えてくださるんです。指導が丁寧で、とても勉強になりました。成田山全国競書大会で賞をいただいたときには、その先輩から学んだポイントを気をつけながら制作に取り組みました。書道班に入らなかったら受賞はまずなかったでしょうから、先生方をはじめ先輩には本当に感謝しています。」

それでも、応募締め切りの直前まで出品作を決められなかったという勇佑君。それまでに学んだことを形にできたと思えるまで粘り続けた結果だそうです。「締切前日は、自分が課題だと考えいてる部分を絶対に克服してやろうという気分でした。時間が経つのを忘れるぐらい集中していたと思います。納得できるものをようやく書き上げたとき、書道室にはほかの生徒の姿はなく、最終下校時刻ぎりぎりになっていました。自分にできる限りのことをやりきった。そんな気持ちのせいか、どの作品を応募するか、先生に相談するようなこともなかったんです。」

たくさんの思い出を作ってきた書道班での活動。高校2年生の文化祭が終われば、引退となります。進学校である巣鴨高等学校では、2年生の秋から大学受験の能勢となるのです。「書道班の班長だった先輩たちは、大学の書道研究会で活動される場合が多く、今でも交流があります。ある先輩からは『うちの研究会にこい』と言われました。難関ですが、挑戦のしがいはあるので目指そうと思っています」

自分が納得できるまであきらめず、最後までやり通す。勇佑君が書道を通じて身に付けた姿勢は、「将来」という道を切り開いていく上で、大きな原動力となることでしょう。

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