「生命の仕組みを解明して 病気に苦しむ人を救いたい」

北野 宏明氏(ソニーコンピューターサイエンス研究所 所長)

夢をかなえるために大事なこと3つ

暗算ミスをきっかけに小3で電卓を自作

子どもの頃は天文学者になりたいと思っていました。親にプラネタリウムに連れて行ってもらったのが興味の始まりかもしれません。幼稚園のときには星図を眺めていた記憶がありますね。子ども向けの本じゃなくて、天文ファンが読むような、専門的な内容のものを親に買ってもらって読んでいましたよ。天体望遠鏡を手に入れてからは、毎晩のように星空を観察していたな。

小学生になると物づくりの楽しさを覚えて、3年生のときに電卓をつくりました。算数のテストで、考え方は合っていても暗算を失敗すると答えは間違うでしょう。そのとき先生が「計算機があればいいのにね」と言ったのを聞いて、自分でつくってみようと思い立ったんです。夏休みに自分で回路を考えて製作したんですが、今、同じ物をつくろうとしてもおそらくできないだろうな(笑)。できあがった電卓は、簡単な足し算と引き算ができるものなんですが、二進法(数を2つの数字、0と1で表す方法)で答えが表示されるから、同級生はもちろん、先生も親もなんだかわからない様子でした。僕は普段から、先生には「理屈っぽい」と言われていましたね(笑)。

4年生からは四谷大塚へ通いました。中学受験を考えたのは、地元の公立中学へ進学すると坊主頭にしなければならなかったから。最初は成績がよくなかったのですが、受験に合わせて教科を絞った途端になぜか成績がぐんと上がって。それで、親が早稲田大学出身ということもあって、中高一貫教育の早稲田実業へ入学しました。

多様な価値観との出会いを求めてICUへ進学

世界中を旅して写真を撮るのも北野氏のライフワーク。これはアラビア半島で撮影した1枚。

中学に入ったら、また勉強はそっちのけで、物づくりに夢中しました。学校帰りに秋葉原の電気街へ行って電子回路や部品を買いこんで、自分の部屋でひたすらつくるという毎日。当時はオーディオブームということもあって、アンプやスピーカー、シンセサイザーもつくりましたね。シンセサイザーといっても、きちんと楽器に見えるようにつくったわけじゃないから、基盤や配線がむき出しの状態で。「見栄えを気にするとお金がかかるし、とりあえず音が出ればいいや」なんて言いながら組み上げた物でしたからね。

部活では、写真部に入ってカラー現像に挑戦したり、放送部に入って昼休みにラジオのパーソナリティを真似て校内放送をやってみたり。そんな調子で興味のあることしかやらなかったから、成績はいいわけがないですよね(笑)。

高校生になって大学受験が目前になってくると、ふとアメリカの大学に行きたいと思うようになったんです。早稲田実業はたいていの生徒が早稲田大学に進学する学校で、それに対して僕は「早稲田には6年いればもう十分。違う世界を見てみたい」と考えていたからです。興味のあったプリンストン大学などについて調べてみると、授業料がとても高くて、外国人の学部学生には奨学金制度がない。それで別の学校を探していたときに、東京の三鷹にあるICU(国際基督教大学)を自転車で通りかかり、緑がたくさんあって「いいなあ」と思えたんですよ。

ICUは入試がほかの大学とは少し違っていて、クイズ問題のような一般常識テストと小論文が課せられたんです。一般的な受験勉強をやってもなかなか合格できないとも言える。そこで、自分なりに受験対策を立てて実践することにしました。クイズ番組をすべてチェックする、時事情報が入った百科事典を隅から隅まで読み込む、専門的なテーマを扱った新書を毎日2冊ずつ読破する……。現役では入試を突破できませんでしたが、さらに1年間ひたすらこういった独自の受験対策に打ち込んで合格できました。

大学時代は、講義で出される宿題がとても多かったし、ディベート(討論)のクラブに入っていたからとにかく忙しかった。それでも、さまざまな国の学生がいて、多種多様な言語や価値観に触れられる環境は、僕の性分に合うというか、非常に心地よかったですよ。

人工知能の開発から生物そのものの研究へ

2007年、グリーンランドの氷床を撮影。一番下の、北野氏が映った写真もそのときのもの。

それだけに、大学卒業後にNECに就職したときの違和感は大きかった。「みんなが同じようなスーツを着て同じような髪型にしていて奇妙だ」と感じましたね。こんな窮屈なところにはいられないとは思ったものの、「大企業で見聞きできることは自分の将来の財産になる」と思い直して、数年間、経験を積みました。ソフトウェアの品質の管理など、当時の僕としては気の進まない仕事を 任されることもありましたが、意外にもこの経験がその後の研究にずいぶん役立っているんです。自分にとって時間のムダになることはやるべきじゃないが、気が進まなくても、本当に自分に必要な実力を伸 ばす経験ならやっておいて損はない。会社員時代にはそういう気づきを得ました。

その後、アメリカのカーネギーメロン大学に留学したときは、人工知能と音声翻訳システムの開発を行っていたんです。人工知能の研究を進めていくと、知能は生命の進化の過程から生まれるものなので、生命がわからないと知能がわからないということになるんですよ。そこから、「生物について勉強しよう」と始めてみたら、やるべきことが山ほど見つかって。それで、研究に関して自由 な環境を提供してくれるソニーに移って、さらなる研究に取り組むうちに「システムバイオロジー」という考え方にたどりついたんです。「システムバイオロジー」というのは、生物を「遺伝子」とか「たんぱく質」といった部品のレベルで捉えるだけでなく、「細胞」「臓器」さらには「個体」というシステムで理解しようという新たな学問。僕が提唱したときには「コンピュータをやっている人は生物のことをあまり知らないからそんなことが言えるんだ」と批判されたこともありましたが、今ではバイオテクノロジーの分野でも主流を占める考え方になっています。

画期的な治療法を見つけるのが研究の目的

「実際に“感じる”ことが何よりも大切。そのために、世界のどこでも自分で行くのがポリシーなんです」(北野氏)

システムバイオロジーの研究を進めることが社会にどう役立つかというと、治療法が解明されていない病気の治し方がわかり、投薬効果の高い薬の開発ができるようになったりするんです。僕は、研究というものは、自己満足のためではなく、世のため、人のためのものだと信じているんです。

製薬企業とも協力して新しい薬のつくり方の研究も進めていますが、基礎的な研究から臨床実験までが必要なのでまだ時間がかかります。しかも研究全体が完成するには、気が遠くなるほどの時間が必要です。しかし、この研究に希望を託し、成果を待ちわびている人たちがいる限り、途中で投げ出してしまうことはできません。「余命が伸びた」「病気が治った」という声を聞くまでは絶対にね。


小さいうちから、本は好きなだけ買ってくれました。書道、バイオリン、絵画教室などの習い事にも通わせてくれました。長続きしなかったものもありますが、僕自身の人格形成にそれぞれ何らかの形で役立っていると思いますよ。勉強そっちのけで理解不能な物ばかりつくったり、進学してほしい大学へ進まなかったりと、親にとっては困った子どもだったんじゃないかな(笑)。それでも思い通りの生き方を選ばせてくれたわけだから、そのことには感謝しています。
夢を追って
「最先端のミツバチの研究で日本の農業問題に貢献した...
私は、外で遊ぶのが大好きな子どもでした。小学校では、休み時間を過ぎても運動場で遊んでいたり、先生の言...>>続きを読む
気になる部活調査隊
ヨット帆走から自然の偉大さと命の大切さを学ぶ
逗子湾に面した逗子開成中学校・高等学校は、その環境を生かした「海洋教育」を重視。すべての生徒が在学中...>>続きを読む
サイトマップ
人気記事ランキング
01 特集
そのひと言が子どもを変える! 学力を伸ばすほめ方・励まし方
02 スペシャルウィーク
9歳までに身につけたい国語力
03 子育てに効く脳科学のお話
頭をよくする方法はある?

サイト内検索
 

RSS登録
これまでの特集記事



気になる記事ピックアップ
これまでに公開された記事の中から気になる記事をランダムでピックアップし、表示しています。