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昭和25年から、灘中学校・高等学校で、教科書を使わず、小説『銀の匙』を3年かけて読み込む授業を行った橋本武氏。横道にそれる授業スタイルで生徒たちの論理力を育てた橋本氏に、氏が実践されてきた「論理力」の育て方をお聞きしました。

戦後の教材不足が生んだ『銀の匙』授業

私が教壇に立ったのは昭和9年。21歳のとき、恩師の紹介で旧制灘中学校に教師として務めることになりました。初代校長は、当時、名の知られていなかった灘中学校を「日本一の学校にする」という熱意の持ち主。まだ新米だった私にも、何も指図することなくすべてを任せてくれました。 終戦後、灘中学校は高校を新設して中高一貫教育になりました。その頃、私は、校内の印刷物作りを一手に担っていました。当時の複写技術と言えばガリ版印刷です。全科目の入試問題や授業のプリントを制作していた私は、ぎっくり腰を患い、鍼治療を受けながら不眠不休でがんばりましたよ。

そんな中で、自分が一所懸命やっていることが、生徒にどのくらい受け入れられているのかと考えるようになりました。そこで自分が中学生のときどうだったのかを思い出してみて、愕然としましたね。先生に対する親しみはあっても、どんな教材で、どんな授業をやっていたかは全然覚えていないんです。自分がしていることも、生徒の心に何にも残らないのかと思ったら、むなしくなりましたねえ。卒業後も、生徒の心の糧となり、生涯記憶に残るような授業がしたいと強く思いました。

そのために、最も頭を悩ませたのは教材でした。当時、軍国主義的だという理由で、教科書の3分の2は墨で塗りつぶされ、ぺらっぺらの状態。「これでは使い物にならない」と、自分なりの教材作りに取り組んだのです。そこで目をつけたのが、中勘助先生が書いた自伝的小説『銀の匙』でした。生徒たちが主人公の成長に自分を重ねて読める物語。夏目漱石がきれいな日本語だと推薦した作品でもあり、明治期の日本の情景が緻密に描かれ、時代考察もしやすい。しかも新聞連載であったため、各章が短くて授業に使いやすいという利点もありました。そうして私は、「銀の匙研究ノート」を作って、この小説を教材にする準備を始めたのです。言葉の意味を調べていく上で、わからない言葉がときどき出てきました。あらゆる辞書や百科事典を調べてもわからず、最後の手段として中勘助先生に直接手紙を書きました。すると、とても丁寧な返事が来たんです。それはもちろん教材に反映して、生徒たちと共有しました。

準備期間に丸一年かけて、昭和25年に、いよいよ『銀の匙』を教材として使い始めました。授業では、生徒たちが遊びながら学べるように「寄り道」を重視。生徒が疑問を持った一言一句を調べさせて、皆で考えるようにしました。私を真似て、中先生に手紙を出す生徒も現れました。私が授業の準備のためにした試行錯誤を、生徒たちも追体験することで、物語にのめりこむことができたのでしょう。

また、主人公が見聞きしたことを実際に体験させてみることも大事にしました。たとえば、駄菓子屋に行く場面では、文章に出てくる駄菓子と同じ物を教室に持っていって食べさせたり、凧揚げをする場面では、それぞれが好きな凧を作って校庭で凧揚げを楽しんだり。生徒の知識が狭い範囲に限られてはいけないと思い、小さな物を手がかりに、横道にそれていったんです。

「読む」「書く」ことこそが論理力を育てる

論理力を身につけるには、まず本を読ませることですよ。本を読むときに正しい理解をしようとする、その頭の働きこそが論理的な思考でしょう。さらに、読むと自分でも書きたくなる。書くことによって自分の考えを整理することができるんです。

私は授業以外にも、ひと月に1冊課題図書を与え、読書感想文を書かせる宿題を出していました。「何を書いても平常点の満点をやる」と言っておいたので、生徒たちも「こんなこと書いていいのかな」なんて思わず、好きなことを書いてくるんです。読書感想文を書くことによって、物語を要約する力も身につきます。できるだけ多く読ませ、できるだけ多く書かせる。理屈の上で〝どうしなきゃならない.じゃなく、実際やらせなきゃだめなんです。

さらに、聞く、話す機会もたくさん設けました。小テストをやらせたら生徒同士で互いに採点させ、「友達の採点に納得できないときは、その理由を話し合いなさい」と言いました。友達の採点に納得できない生徒は、なぜそのような点数をつけたのかを尋ね、採点者は自分の意見を述べます。そうすることで、「聞く力」「話す力」が身についていきます。「読む・書く」にプラスして「聞く・話す」。これが論理力の本分です。

昨年、灘校が招いてくれたので、今の灘中の生徒たちに『銀の匙』の授業を行いました。その授業の中で、「遊ぶ」と「学ぶ」を見て気づくことはないかと聞いたんです。どちらも「ぶ」で終わる言葉だと言った生徒がいたので、「よく気づいたね」と褒めて、「ぶ」で終わる「ぶ動詞」を集めて、いくつもの言葉を出させたんですね。「あいうえお」の五十音順に「ぶ動詞」を考える生徒もいました。五十音という当たり前の事柄からも、言葉を掘り下げていくことができるのです。

生徒たちは、上から押しつけられて「学ぶ」ことは嫌いでも、「遊ぶ」気持ちで学べば、勉強も楽しんでくれます。そんなことを続けるうちに、疑問に思ったことは積極的に調べる習慣が身についていくでしょう。その場ですぐに答えがわからなくてもいいんです。自分で調べたり、考えたりすることを楽しむ中で発見がある。私が行っていた『銀の匙』の授業も、すべて論理力につながるものだったと思っています。何事にも思考回路を働かせてみることで、論理力も育まれていくのです。

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