あらすじ
閑間重松は、姪の矢須子の縁談がまとまらないことを気に病んでいた。それは、広島に原爆が投下されたあの日、重松の家に身を寄せていた矢須子は、周囲から原爆病なのではないかと疑いを持たれていたからだ。重松は、姪の潔白を証明するため「原爆日記」の記録を写し始める。
井伏鱒二ってどんな人?
1898 年~ 1993 年、広島県生まれ。家は農家で、子どもの頃から釣りが趣味。これが処女作となった『山椒魚』につながり、「鱒二」というネーミングも釣りに由来する( 本名は滿壽二)。1938年に『ジョン万次郎漂流記』で直木賞受賞、1966 年に『黒い雨』で野間文芸賞を受賞する。

語り継がねばならない戦争の記憶がある
広島への原爆投下を題材とした小説『黒い雨』。1965年に雑誌「新潮」で連載が始まり(連載当初のタイトルは『姪の結婚』)、翌年には単行本が刊行。井伏鱒二の代表作のひとつとなり、初版本が発刊されてから50年近い時を経た現在でも、多くの人に読み継がれています。数ある本の中から、この一冊を選んだ栄光学園中学校・高等学校の近藤基博先生は、「小学生に読んでもらう本を選ぶために随分と悩んだ」と話します。「少し高度な大人向けの本に挑戦することは、子どもの成長においてとても大切です。しかし、過度に難解な作品などを紹介しても、多くの子どもは読みこなすことができないでしょう。そこで私は、中学生に薦めるくらいのレベルから選びました」 『黒い雨』は、戦争と原子爆弾というテーマを扱っている作品であり、読み手の国籍や歴史認識によって、評価が分かれる面があります。「そのため、今回の特集で紹介すべきかどうか迷いました。しかし、政治的議論はさておき、日本は〝戦争で使用された原子爆弾.による世界で唯一の被爆国です。この事実は、若い世代に伝えていかなければいけないと考え、この本を選びました。『黒い雨』には、〝被爆”という現実と向き合って生きる人々の姿が克明に描かれています」

参考資料か、盗作か議論が巻き起こる
近藤先生が『黒い雨』を薦める理由は三つあります。「まずは、〝被爆”という事件を中心的テーマとして扱っている点です。戦後70年近くが経ちますが、決して忘れてはいけない記憶というものがあります。それを後世に伝え、このような悲劇が二度と起きないようにしなければいけません。『黒い雨』の登場人物たちは声高に戦争反対を訴えたり、原爆の悲劇を強調することはしません。むしろ、庶民の日常生活の中で〝被爆”が淡々と描かれているため、その悲劇的な体験が余計にリアリティを持って私たちの胸に迫ってきます」 物語の主人公である閑間重松も、被爆者のひとり。一命は取り留めたものの、体が弱って重い労働には耐えられません。そのため、都市を離れて村で安静にしているのですが、その様子を時に村人が笑います。「物語の前半部分で、重松が別の被爆者とともに釣りをしている場面があるのですが、その近くを通った村人の女性が〝この忙しいのに結構な御身分ですなあ”と冷やかすくだりがあります。作中では明確な差別として書かれているわけではありませんが、このような何気ない言動から差別が生まれること、つまり日常生活に入り込む差別に気づいてほしいというのも、本作を薦める理由のひとつです」 そして、三つ目の理由は、この作品の著作姿勢に対する評価にあります。「本作は、重松の姪である矢須子の原爆投下後の足取りを明らかにするために、主人公の重松が『被爆日記』を清書していくという展開で進みます。この日記は、実在の被爆者である重松静馬が記した『重松日記』に依拠しています。しかし、そこにひとつの議論が巻き起こっています。2001年に「『黒い雨』と井伏鱒二の深層」と題した論文が発表され、〝実在の日記を盗作したのではないか”という意見が挙がったのです。一方で、井伏自身はこの作品を〝ドキュメントやルポルタージュのようなもの”と述べていました」 近藤先生は「真偽のほどはわからない」と前置きした上で、次のように語ります。「作家にとって創作とは何か、作品と資料の関係はどうあるべきかといった問題がそこにはあります。このような深いテーマにまで踏み込むのは、小学生にとってかなり難しいかもしれません。けれど、将来に向けた発展的な課題として、目を向けてほしいところです。『黒い雨』はさまざまな観点から読み応えのある作品であり、同じように楽しめる本はそう簡単に見つからないのではないでしょうか?」

子どもが本好きになる環境を整えよう 
近藤先生は井伏鱒二の作品をはじめとして、今も数多くの本を読んでいます。新聞の書評欄をチェックして、おもしろそうな本を見つけることにも余念がなく、自宅には5千冊以上の蔵書があるほど。しかし、意外にも小学生の頃は本が好きではなかったそうです。「勉強では理数系の科目が好きで、本は科学雑誌に目を通す程度。本好きだった父が〝マンガでもいいから読みなさい”と少年マンガを買い与えたのですが、本好きにはなりませんでした」 そんな近藤先生が本に目覚めたのは、中2のとき。本好きの友人がきっかけを与えてくれました。「隣の席になった友人が、休み時間によく本を読んでいて。彼は博識で、とても大人びて見えました。それから、私も本に興味を持つようになったんです。多感な時期に友人から受ける影響は、決して少なくはありません。本好きの友だちがいれば、我が子にも大きな刺激を与えることでしょう」 その一方で、「親が与える影響も大きい」と話します。「私は、環境が人をつくると考えています。もし我が子に本を読んでほしいと考えるなら、まずは手の届くところに本を置いてみましょう。また、親が魅力を感じた本の内容を積極的に話してみてください。そうすることで、多くの子どもが非日常の世界に浸ることができる読書の楽しさに気づき、幅広いジャンルの本を読もうとする可能性が生まれるのではないでしょうか」

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