あらすじ
妻を亡くして独身生活を過ごす境昭三は、東京湾岸の埋め立て地を散策していたとき、バイクに乗った若い女性に出会う。彼女の不思議な魅力に惹かれるうちに、長年抱いてきた都市や自然に対する考え方にも変化が生まれ……。芸術選奨文部大臣賞を受賞した日野文学の最高傑作。
日野啓三ってどんな人?
1929 年~ 2002 年、東京生まれ。小・中学校時代を朝鮮で過ごし、敗戦後に広島へ引き上げる。東京大学文学部を卒業後、読売新聞に勤務してベトナム戦争などを取材する。1974 年に作家デビューして、1975 年に『あの夕陽』で芥川賞を受賞。

現代とは異なる価値観に触れられる
高層ビルが建ち並ぶ都市を愛する主人公・境がたどり着いたのは、巨大な都市が生み出すゴミの捨て場所だった。桜蔭中学校・高等学校の平塚夏紀先生が紹介するのは、日野啓三氏が1985年に発表した『夢の島』です。「都市は冷たく無機質で、田舎は温かく情愛に満ちている。田舎の”明”に対して、”暗”として語られることが多い都市ですが、この作品の主人公である境は、高層ビルの建ち並ぶ都市を美しく生命力あふれる存在としてとらえています。なぜなら彼にとって、戦後の焼け野原に次々と誕生したビルは希望の象徴であり、建築技師である彼の誇りでもあったからです」 本作を読むことにより、近代化や都市化というものが、かつては多くの人が憧れる「未来」であったことを感じ取れます。「時代が変われば、価値観も大きく変わります。明暗という単純な二項対立ではなく、今の自分とは異なる視点で物事を見ることの大切さを知ってほしいと考え、この本を選びました」

小説の地の文から心情を読み取る
『夢の島』の主人公は50代の男性。およそ小学生からは縁遠い主人公の小説をなぜ選んだのでしょうか? その理由について、平塚先生は次のように語ります。「単純に『小学生に薦めたい本』というテーマであれば、主人公が子どもの作品を推薦したでしょう。同世代で同じような環境で暮らす人が主人公の物語の方が、親しみやすいですから。しかし、自分の知らない価値観や世界が存在することを知るためには、たとえ自分と縁遠い境遇や年齢の主人公が登場する小説も読むべきだと思います。それに『夢の島』には、主人公の価値観を相対化するような鋭い言葉を放つ少年も登場します。小学生の読者はこの少年のような立場から物語世界を眺められるかもしれません」『夢の島』の主人公・境は、戦前生まれのビジネスマン。小学生からは遠い存在とも言えますが、「地の文に主人公の心情が描かれているため、ある程度読む力が備わっている子どもなら、彼の気持ちは理解できるはず」と、平塚先生は話します。「多くの小学生が好む児童文学やライトノベルは、会話文が中心です。それに対して、大人向けの小説では地の文が多く、そこに描かれている内面描写を読むことは、ほかの人の気持ちを慮る練習にもなります」

たった一冊の本が未知の世界へ導く 
平塚先生は、少し難しい本に挑戦させる場合、「『夢の島』のような文章は平易でも内容が深く難しい近代文学作品を薦めるのはひとつの方法」とアドバイスします。「明治大正期の名作はすばらしいのですが、現代では使われない語句や言い回しで書かれている作品が多く、小学生には理解しにくいでしょう。ただ、昭和の終わり頃の作品であれば、文章でつまずくことなく、作品に描かれたただならぬ世界と真剣に向き合って、格闘できるはずです」 平塚先生は、子どもの理解をさらに広げるために、下で紹介している三冊の本も薦めます。「尾崎真理子氏が書いた『現代日本の小説』では、1960年代から現代までの小説の変遷を理解できます。本書では、現代小説に大きなインパクトを与えた作家として村上春樹氏が紹介されていますが、その入門編としては短編集『神の子どもたちはみな踊る』が比較的読みやすいのではないでしょうか。また、瀬尾まいこ氏の『天国はまだ遠く』は現代小説ですが、『夢の島』とは対極の田舎での癒しをテーマにしており、この二冊を併せて読むのも興味深い体験になるでしょう」 近代から現代の小説まで、幅広い作品に親しむ平塚先生は、読書の魅力について、「もうひとつの現実を生きること」だと語ります。「ひとりの人間が生きられる時間、歩むことができる人生には限りがあります。しかし、本を一冊読むだけで未知の世界を知り、新たな世界を生きることができる。どんな本を選ぶかは、タイトルでも装丁でも、インスピレーションでも構いません。子どもの興味をそそるために、親が図書館に連れて行ったり、家にたくさんの蔵書を並べておくのもいいかもしれません。そうした日頃のサポートが、子どもの成長にとって大きな糧となるでしょう」


『天国はまだ遠く』

瀬尾まいこ【著】
06 年刊/新潮社/ 420円

仕事も人間関係もうまくいかない主人公・千鶴は、会社を辞めて田舎の山奥へ。そこで、民宿の経営者・田村と出会い、次第に心が満たされていくが……。自分の居場所に悩む若い女性の心情を綴った感動作。

『神の子どもたちはみな踊る』

村上春樹【著】
02 年刊/新潮社/ 515円

当代きってのベストセラー作家で、「最後の近代文学作家」とも評される著者の連作小説。1995 年1月に起きた阪神淡路大震災をモチーフにして、若者たちが抱える深い闇に光を当てる。

『現代日本の小説』

尾崎真理子【著】
07 年刊/筑摩書房/ 798円

村上春樹、吉本ばなな、綿矢りさ、金原ひとみなど、近年の文壇で活躍する作家たちの小説を取り上げながら、日本人の文学的感受性や日本語の未来を解説する。小説を取り巻く社会的背景を理解できる一冊。

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