母校の思い出を教えてください!!

中高一貫校出身者が語る思い出から、外からはなかなか知ることができない、学校の姿、魅力に迫ります!

歴史の長い、伝統ある女子校だったから。「文武両道」の精神で、部活も勉強も一生懸命励めそうだと感じた。制服がかわいかったことも決め手となった。また、文化祭に参加した時に、在校生の印象がとてもよかった。(頌栄女子学院1998 年卒)

親の方針がおもなきっかけ。中学は体ができる時期なので、勉強ではなく、スポーツに専念して欲しいと親が考えた。また、制服がない学校でないと、おしゃれが好きな私の個性が潰されるという、親の配慮もあった。(成城学園2001年卒)

もともと、漠然と地元の公立校には行きたくないと思っていた。友人から私立校の話を聞いて、ますますその思いが強くなり、親に相談した。学校は、親が通学のしやすさなどを考慮して、2、3 校に絞ってくれたので、その中から選んだ。(昭和学院1997 年卒)

偏差値が届く学校だったことと、自宅から近かったことが最初のきっかけ。その後、学校をさらに調べていくうちに、キリスト教(プロテスタント)に基づいた教育方針や、自由な校風が自分に合っていると感じた。(関東学院2000 年卒)

両親が、中学、高校と2回受験をするとなると、常に受験勉強に追われる環境になってしまうと考えたため。中高一貫校であれば、高校に進学するまでの3 年間、勉強以外のことにも時間を割くことができる。(親和女子2003 年卒)



キリスト教(プロテスタント)の学校だったので、堅い校風をイメージしていたが、堅いというより、お嬢さま学校という感じだった。どちらかというと、外部から遮断されて、大切に育てられるというイメージ。(玉川聖学院1997 年卒)

兄が通学していたので、何となく校風などはわかっていた。男子校なので、硬派なイメージを持っていたが、実際に通ってみると、自由な雰囲気ですぐに馴染むことができた。(慶應義塾普通部1998 年卒)

女子校だったため、入学前は「女ばかりでちょっと怖い」というイメージを持っていた。実際に入学してみると、男子顔負けの活発な女子が多く、学園祭や運動会などはとても盛り上がった。(香蘭女学校1998 年卒)

入学前は、楽しそうな学校というイメージ。入学後「自調自考」という校風に触れ、自由って難しい、と感じた。校内行事も生徒主体で進めていくものばかりで、流れに身を任せていきたいタイプの自分には、大変に感じることも。(渋谷教育学園渋谷2006 年卒)

第一志望の学校ではなかったので、受験前には特にイメージを持っていなかったが、入試当日に試験のサポートをしていた生徒がとても印象がよかった。入学後もその印象は変わらず、勉強熱心な生徒が多いことに驚いた。(頌栄女子学院2005 年卒)



帰国子女が多く、英語教育に力を入れているため、大学への進学率が高い。高校を卒業した後に、海外で就職したり、海外に移住する人が多く、グローバルな人財が多いと感じる。(頌栄女子学院1998 年卒)

O Bの繋がりが強く、困ったことがあれば気軽に相談できること。担任の先生が、生徒一人ひとりに気を配ってくれるので、先生との絆も強い。早慶戦など、大学のイベントに参加できることも魅力。(慶應義塾普通部1998 年卒)

やりたいことがあれば、主体的に何でもできる環境。在学当時よりも、今振り返ってみて「よい環境だったな」と感じる。英語力が身につくことも魅力で、大学の授業が簡単に思えたほど。渋谷にあるので、都会の流行を感じられる。(渋谷教育学園渋谷2006 年卒)

女子校ながら、社会に出た時に、男性と肩を並べて生きていけるような、強い精神を培うことができる。学校自体が大学受験に精通しているため、受験時に助けられた。生徒同士も仲がよく、いじめなどは全くなかった。(鎌倉女学院2004 年卒)

制服がないため、おしゃれな人が多く、モデルやファッション関係で活躍している人も。外の世界だと浮いてしまうような人も、すんなり馴染めるほど、個性を尊重する学校だった。皆、愛校心が強く、有名になった卒業生も学園祭に訪れる。(成城学園2001年卒)

東京大学の附属校であるため、教育方針がほかの学校にはない独自なものが多い。卒業論文を書くことなどを通じて、何かを自分で調べ、まとめ、発表する力が身につくので大変よい。(東京大学教育学部附属中等教育学校2003 年卒)



授業後、半数以上がすぐに立てず悶絶していた、茶の間での礼法授業。そして、休み時間の10 分で着替え、教室から10 分はかかる山の中のグラウンドまで、毎回必死に走って行った体育の授業。音楽の聴声と和声の授業も印象的。(北鎌倉女子学園2000 年卒)

現代文学の授業で、小説を再現したビデオを鑑賞したことが、とても印象に残っている。文章を読むことに加え、映像を見ることでストーリーの把握がしやすくなり、助かった。(東京女学館1997 年卒)

とにかく体育の授業が印象に残っている。体育学校かと思うくらい、体育の授業が多かった。体育館やグラウンドも、敷地内に山ほどあった。水泳の授業で、とにかくひたすら泳いだことも、今振り返るとよい思い出だなと感じる。(成城学園2001年卒)

じっくりと、ひとつのテキストを読み込もうとした古文の授業。徹底的な文法解釈を施し、その後の音読によって、テキストを血肉化させようという意図が垣間見えた。ただし、なかなか次の課に進まなかった。(桐蔭学園1998 年卒)

熱血漢の先生が教えてくれた英語の授業。イラストを書くのが上手だったので、オリジナルのイラストが入ったプリントを配ってくれた。難しい単語は、先生が考えた語呂覚え歌のようなものを使って、簡単に覚えることができた。(渋谷教育学園渋谷2006 年卒)

書道。毎回コンペがあり、順位付けされる珍しい授業なので印象に残っている。皆、競争心に火がついて、技術の鍛錬に熱心になっていた。(海城2000 年卒)



修学旅行。クラスごとに計画し、予算内で好きなところに行けた。私のクラスは沖縄の離島に行ったが、晴れ渡った空と、美しい海にとても感動した。夜も自由行動で門限は23時。本当に自由にさせてくれた。(成城学園2001年卒)

東京体育館を貸しきって盛大に行われる体育祭。自分たちでテーマを決め、調べたことをまとめて発表する文化祭。中3で広島と山口に、高2で北海道に行った修学旅行。そのどれもが思い出深い。(頌栄女子学院1998 年卒)

クラスごとにお揃いのTシャツを着て、かぶりものをしたり、顔や体にペイントしたりして行う体育祭。好き勝手にやらせてもらえた分、とても盛り上がって楽しかった。(明治学院1999 年卒)

基本的にすべてが自由だった高校の研修旅行。現地に行くまでも、自分たちでルートを調べ、切符を買って行き、現地での行動も自分たちでつくった工程表に従う。普通の研修旅行では行けない、辺境の地にも行けたので楽しかった。(渋谷教育学園渋谷2006 年卒)

高校入学間もない時期に行われた、規律を学ぶカリキュラム。2 泊3日で箱根の施設に赴き、声を出しながら数時間におよぶ行軍をしたり、大勢の前で在学中の決意表明をするなど、今までにない体験だった。(国学院大学久我山1997 年卒)



バスケ部に所属。今まで一度も勝ったことのなかった学校を相手に、試合終了3 秒前にキャプテンが放った3ポイントシュートで逆転し、引退が伸びた。私は補欠だったが、心から感動して、この部活に入ってよかったと思った。(成城学園2001年卒)

アウトドア・ライフ部に所属していた。普段は仲間で集まっておしゃべりをしているだけだったが、時おり山へ行くことがあった。テントを張ったり、飯ごう炊飯をして皆で食事をともにしたのは、よい体験だった。(桐蔭学園1998 年卒)

バスケットボール部。中高一緒の練習で、高校生の先輩が恐かった。ただ、自分が高校生になると、後輩に対して「充実した部活ライフにしてあげたい」という気持ちが芽生え、先輩は後輩のことを考えて叱ってくれていたんだな、と思うようになった。(跡見学園1998 年卒)

中学、高校ともに陸上部。練習はキツかったし、先輩や先生の指導も厳しいものだったが、よい経験になった。何kmも走り続けていると、疲れを通り越して「このままいくらでも走っていられる」と感じる瞬間があったことを覚えている。(和洋九段女子2005 年卒)

中学ではアイススケート部。体育会系で先輩が厳しかったし、ジャンプへの恐怖が最後まで克服できなかった。高校では華道部に入部。仲のよい友人がたくさんいて楽しかった。週に1度、生花を自宅に持ち帰れることがうれしかった。(香蘭女学校1998 年卒)

フラワーデザイン部。他校にはあまりないであろう珍しい部活だったと思う。造花を使ってブーケをつくったり、犬の置物をつくったりと、和気あいあいとした雰囲気の中で、楽しい時間を過ごすことができた。(東京女学館1997 年卒)



お弁当の時間が楽しかった。それぞれがいろいろなものを持ち寄って、分け合ったりしていた。学校帰りに寄り道をして、買い物をしたり、カフェでお茶をしたりと、些細なことではあるが、今思い返すと本当によい思い出になっている。(頌栄女子学院1998 年卒)

ミッション系の女子校だったので、いろいろと縛られる部分もあった。ただ、キリスト教精神を誠実に伝えようとする学校のまじめさは、今思い返すと「ありがたいことだな」と感じる。(横浜女学院2000 年卒)

修学旅行でイギリスに行ったこと。ロンドン近郊にある姉妹校との交流や、『ハリー・ポッター』に出てくる場所を訪れたことが、とても印象深い。修学旅行だけでなく、長期留学制度もあるので、海外志向の人に向いている学校だと思う。(品川女子学院2006 年卒)

中3の時の英語の先生が企画した、アメリカへの研修旅行。私たちの代の生徒をどうしても連れて行きたいと、先生が尽力してくれたことが印象深い。持病があった私も、その先生が「大丈夫」と言ってくれ、参加できた。(明治学院1999年卒)

毎年冬にあったスキー学校。泊まりがけで志賀高原に行き、とにかくスキーを堪能できる。インストラクターは附属大学の大学生たちで、私たちよりもずいぶん大人っぽい大学生に、憧れの目を向けていたのを覚えている。(成城学園2001年卒)

夏の海の家に、冬のスキー教室。それ以外にも、修学旅行や都内散策など、毎年何かしら行われていた課外授業。そのどれもが、今も鮮明に目に浮かぶほど、よい思い出となっている。(海城2000 年卒)



帰国子女が多い学校であったため、大学でも英語に力を入れて学ぶことができた。就職先も外資系。そのほか、文化祭や体育祭でグループの結束力を高めることができたので、現在の協調性を持って仕事をする姿勢につながっていると思う。(頌栄女子学院1998 年卒)

中高時代は、ほとんどテニスに明け暮れていたので、テニス部での経験がすべて。厳しい練習から我慢強さとチャレンジ精神を、顧問の先生を含めた部員同士のつながりから、仲間を信じること、思いやることを学んだように思う。(国学院大学久我山1997 年卒)

人への気づかいや礼儀作法、身なりに関して厳しい学校だったため、仕事上で人と接する際に、何に気をつければいいのかすぐに察する能力を身につけることができた。加えて、音楽の基礎技術はこの学校で学んだことがとても大きい。(北鎌倉女子学園2000 年卒)

基本的に尊敬できる先生ばかりであったが、特に英語の先生たちがすばらしい方々だった。私に勉強することの楽しさを教えてくれた。翻訳を仕事としている今の自分の素地は、そこでつくられたと感じている。(十文字2000 年卒)

いろいろな個性を持った友人が周りにたくさんいたので、差別意識を持つことなく、互いを尊重する姿勢が身についた。また、制服がない学校であったために、ファッションセンスが磨かれた。(成城学園2001年卒)

自由な雰囲気の学校だったため、何ごとも自分の責任において、しっかりやらなければいけなかった。「すべての責任は自分にある」「自らを律して行動すべし」という意識が高められたことは、社会人になった今も活きている。(慶應義塾普通部1998 年卒)



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