フランス語を武器に世界6か国以上を
飛び回った商社マン

ベルギーってどんな国?

人口:1,066万6,866人
(2008年1月調べ)
面積:3万528km&2;
首都:ブリュッセル
在留邦人数:6,519人
(2010年調べ)
日系企業数:36社
(製造業のみ、2008年調べ)

1人当たりのGNI(国民総所得)が高いベルギー。主な産業は、化学工業、機械工業、金属工業などである。日本の1/12ほどしかない小さな国なので、貿易依存度が高く、世界貿易の動向に大きな影響を受けやすく、経済が安定しない一面も。日本へは、医薬品やダイヤモンド、自動車などの輸出を行っている。

フランスへの憧れは映画がきっかけ

田中郁也さんが海外に憧れるようになったきっかけは、高校時代に観たフランス映画でした。
「『ポケットの愛』というタイトルの無名の映画でしたが、とてもせつなく美しい話で。それからというものフランスにのめり込み、大学では、第二外国語のフランス語をしっかり勉強して、ゼミでフランス法を研究し、在学中にフランスへ足を運びました」

大学卒業後に勤める企業も、フランスで働ける会社ということを第一条件にして、就職活動をしました。
「フランスで事業を行っている大手銀行や化粧品メーカー、総合商社などの採用試験を受けました。結果、丸紅に就職し、入社2年後に会社の研修で1年間フランスのパリへ行くことになりました。丸紅では、将来社員が外国で働くことを見越して、会社側がさまざまな国の言葉の研修を希望者対象に実施しており、それに応募したのです」

総合商社である丸紅は、貿易を事業の主とし、世界各地に118か所もの拠点を持っています。「パリでは、毎日フランス語の学校に通って、まずは言葉をマスターすることが仕事でした。その後、アフリカのコートジボワールという国で6か月間、覚えたてのフランス語を使い、日本政府が現地で行っている国際援助活動に、農薬や肥料、建設機械といった必要な物資を調達する仕事を手伝いました。また仕事で、周辺のマリ、ブルキナファソ、ガーナ、リベリアといった国にも行くことに。アフリカは、かつてフランスの植民地だったためフランス語が公用語という国が多いのですが、フランス語を覚えるとアフリカに派遣されるというのは、まったくの想定外でしたね(笑)」 

世界で活躍するには日本のことをよく学べ

そして29歳になる1990年から、ベルギーのアントワープ近くの小さな街で、日本車を売る業務に携わります。
「商社の扱う商品は、食料品から紙・パルプ、金属、飛行機、工場施設までさまざまですが、私は自動車部門に配属されました。そこで担当することになったのが、日産自動車と契約して、車を仕入れ、ベルギーのディーラーに売る仕事です。ディーラーはもちろんベルギーの企業。ベルギーの人々に我々から買った日産車を小売りします。私は、社長に次いで責任を負う立場で、ディーラーのベルギー人から“責任者に会わせろ”と要望があった場合、フランス語で対応していました」 

ベルギーのあとの赴任地、アフリカ北部のアルジェリアでは、日本人との感覚の違いによる、いろいろな苦労があったと言います。
「交渉が大変でした。たいていの国で、車を売る際の交渉は、値段や納期など1.2回話をすれば契約成立になるのですが、アルジェリアは3回目になだれこみます。しかも、“無料で高級オイルを満タンにしておいてくれ”とか、“車の整備の技術を学びたいので、日本に連れて行ってほしい”と、要求をされることも」

車の代金を回収するのもひと苦労だったとのことです。
「黙っていて、約束の期日通りに代金が銀行に振込まれるなどということは、まずありません。そこで、担当者に連絡を取ってみると、“その件には国も関わっているから、国の役所の交通省に行ってくれ”などと言われます。そして役所に話をすれば、“それは銀行のやる仕事だ”というように、たらい回しにされる日々でした」

このような、お金を回収する仕事を経験したこともあり、次に赴いたパナマでは、金融の業務を任されます。
「パナマ運河で有名な中米の国・パナマから、中南米各国にある車輛の販売会社へよく出張していました。その会社がメーカーから車を仕入れる資金を貸し出すことで、販売台数の増加に協力する……というビジネスを始めたのです」

パナマの公用語はスペイン語です。
「スペイン語は独学です。1対1で話すときは、会話できるようになりましたが、会議で現地の人同士が話をしていると、今でも速すぎて何を言っているかわかりません(笑)。それは、次の任地のチリでも同じでした」

各国でのさまざまな経験が、現在の広報部CSR・地球環境室での仕事にも活きていると、田中さんは言います。

「この事業は、“環境に悪影響を与えないか”を調査する、という仕事です。環境問題は日本だけではなく、世界全体の問題。各国の環境への意識など、イメージがつきやすいんです」

日本に戻ってから、改めて海外での暮らしを振り返って、どのようなことを感じているのでしょうか。

「なんだかんだ言っても日本はいい国だということです。問題がないわけではありませんが、ふつうの平凡な国民でも、それなりの幸せが得られる。アフリカでは、シートやベルトなどがボロボロの中古車がヨーロッパから数多く輸入されてきて、たくさん道を走っています。子どもたちは勉強する学校も余裕もなく、小さな子がリヤカーを引いて1杯数円のスープを売り、なんとか生計を立てるなど、生きるのに精一杯で、それが当たり前なのです」

また、海外で働くには、まず日本のことをしっかり勉強してほしいと語る田中さん。
「外国に行くと、外国人から日本のことをよく聞かれます。フランスでは”仏教とは何か? 禅とは? 悟りとは?”ということを問われました。こうした日本のことを勉強する際に、本を読んだりすると思うのですが、それらの情報を鵜呑みにせず、”自分としてはこう思う”と、自分なりの意見を持つことが大事。そうしようとする姿勢が、海外で働く際に欠かせない、”自分の意見を言える”という能力につながるのです」

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