受験を乗り越えた先輩お母さん8人に、当時のことを語ってもらいました。
実際に体験したからこその深い言葉の数々に耳を傾けてみましょう。

《100日前のこと》
目標が明確な娘は内部進学を放棄して受験への意識を高めた

双子の娘と息子は性格が正反対。娘は手を抜かずにコツコツと努力する長距離タイプ、息子は閃きで要領良くこなしていく短距離タイプという感じでしょうか。娘は早めに受験校を決めていましたが、息子は第一志望校に成績がなかなか届かないこともあって、絞り込めずにいました。
 夏頃から娘は桜蔭の学校別対策コースに通っていましたが、周りの雰囲気に圧倒されてしまったようです。「私は桜蔭に合わないから」と夏休みが終わった時点で選択肢から外し、それからは雙葉が第一志望。あとは、雙葉コースでトップを目指すんだと、目標が明確になっていました。
息子はやや遅れて、9月から開成コースに通い始めましたが、成績が伸び悩んでいるのに追い込まれた様子もありません。私にはまだまだ本気を出していないように見えました。
学校別対策コースが始まってからの私は、正直困っていました(笑)。たとえば、今までは2人とも同じ宿題を持ち帰っていたのに、雙葉用と開成用の課題をそれぞれ持ち帰ってくるようになったんです。とても目が行き届かず、焦りました。過去問に取り組み始めた娘は、時間が足りないし、合格最低点にも届かないとヘコんでいた頃のことです。
その後、娘も息子も小学校の委員会の仕事が増えたり、秋の学校行事で忙しい時期が続きます。運動会も終わり、いよいよ内部進学の進退を決めるときが来ました。この時点でもう気持ちの揺らぎはなく、周りの皆とは違う道を進むんだという気持ちが、娘には生まれたのでしょう。受験に向けての意識が高まっていくのを感じました。

《20日前のこと》
「早稲田を選ぼう」の先生の一言で吹っ切れ息子の目の色が変わる

直前期になっても、息子に変化は訪れません。塾の授業中に寝てしまい、先生に「やる気があるのか」と活を入れられたとか。一方で、先生は私に対しては「男の子はこれからだから大丈夫」とも。不安な私には、そんな励ましの言葉も素直に耳に入りません。
娘の成績はほぼ安定していましたが、息子はジグザグ。良いときと悪いときの差があまりに激しい ので、「どっちが本当の息子なのかわかりません」と先生に相談しました。すると、「どっちも本当。それが男の子です」とのこと。 
受験校を絞り込めないまま、冬期講習も開成コース。入ったはいいけれど、成績的には伸び悩みが続きます。結局、年明けまで引っ張り、さあ、どうすると決断を迫られることになりました。
1日の開成にチャレンジしたなら、次は3日の2回目の早稲田を選ぶしかありません。1日の試験よりハードルが上がります。親としては、早稲田はものにしてもらいたいという思いがありました。先生と話し合いを重ね、息子も先生と何度も話をしていました。
「『開成をあきらめる』んじゃない。『早稲田を選ぶ』んだ」 この先生の一言で、やっと息子 の目つきが変わりました。たぶん、息子も誰かにそう言ってもらいたかったのかもしれません。早稲田にしようと決めて、吹っ切れたんだと思います。
願書を出す前に、1月校として栄東の東大Ⅰと東大Ⅱを受験したのですが、東大Ⅰは不合格。東大Ⅱは合格できて、特待生にも選ばれたんです。この結果からも、調子に波のある息子は2回チャンスのある早稲田がいいと感じました。

《0日前のこと》
娘が先に鉛筆を置いて心細くなった息子を思わず抱きしめた

1日の受験当日、夫は娘に、私は息子に付き添いました。翌日の合格発表は、試験中の2人に代わって夫婦で確認。掲示を見て、娘の受験番号のないことが信じられず、ショックでした。さらに、息子も同じ結果で……。帰りの電車では、4人ともお葬式のような状態でした。それでも、子どもたちは泣かずにぐっとこらえていました。1人だけが合格していたら、もっとつらかったかもしれません。
2日は本郷と豊島岡。その日のうちにネットでの発表でした。息子は、本郷に受かってひとまずほっとしていました。娘は、豊島岡対策はあまりできず、過去問も十分な量はこなせていません。2日は桜蔭の受験生も受けるので、合格は難しいと考えていました。
ところが、番号が確かにあったんです。娘と「良かったね」と喜び合って、ふと息子の方を眺めると、今まで見たことのない表情をしていました。これまで2人でがんばってきたのに、娘だけが鉛筆を置けるんです。不安とうらやましさ、心細さもあったのでしょう。息子が目に涙を浮かべているのを見て、思わず抱きしめました。
2回目の早稲田の受験には、娘も「ついて行きたい」と言って、家族4人で向かいました。その合格発表では私が動揺して震えているのを娘が「大丈夫」と励ましてくれたんです。娘の力強い成長を感じながら、別の学校を受けに行っていた息子に、今度はうれしい結果を報告することができました。
今思えば、私は2人に2分の1ずつのサポートしかできなかったかもしれませんが、2人だから乗り越えられたんだろうと思います。中学受験を経験して、家族の絆もいっそう深まりました。。

《100日前のこと》
早生まれで幼い息子は中学受験に不向きではと自問する日々

息子の場合、「塾にただ通っているだけ」の状態がかなり長かったですね。正直、入試100日前もそんな感じでした。宿題もやったりやらなかったりで、テストの復習なんて、やったことあるのかしら?と思うほど。テレビと読書ざんまいの息子は、家で1〜2時間しか勉強しないことが多かったですね。
受験雑誌の体験談に「この時期の勉強時間は1日7時間」とか書いてあったりして……。それができる子が中学受験をするもので、早生まれで幼い息子にはそもそも中学受験は無理だったのではないかと、受験本番100日前になっても考えていました。私自身のイライラもピーク。ついつい「塾をやめたら?」「やるべきことをしないなら、お金がもったいない」などの言葉を投げてしまったこともありました。
でも、衝突した後でそのまま放置してしまうのは絶対良くない。だから、ケンカ後のフォローは必ずしましたね。ハグをして、私の気持ちをあらためて整理して伝えて、息子の言葉にも耳を傾ける。ケンカの嫌な気分を翌日以降へ持ち越さないように気をつけていました。
夏休みが明けても成績は低空飛行が続き、冷静に考えれば麻布の受験は夢のまた夢という感じ。志望校が固まったのは秋です。桐朋中学校の学校説明会に参加して、息子と夫が「ここだ!」とピンと来た。6年生でもう一度学校見学をし直して、ようやく巡り会えた第一志望校でした。
成績は、志望校に届くレベルではありませんでした。けれど国語だけは得意で、偏差値は常に60台を取れていた。だから、もともと楽天家の息子は「どうにかなる」と、高をくくっていたんだと思います。とは言え、入試まであと100日、「このままでいいのかな? いいわけない!」って、母親なら誰でも思いますよね?

《78日前のこと》
母と子の関係がぎくしゃくしたとき、散歩でクールダウン

目標は大学付属校に絞ってはいたものの、12月になっても併願校を決めきれませんでした。ただ、我が家は息子が小学2年生のときの1年間、海外で暮らしていたため、1月の帰国生入試を受けることができたんです。ですから、ギリギリになりますが、その結果が出るまで待ってから決めようと考えました。
秋口の11月頃まででしょうか。ケンカした後、散歩へ連れ出していろいろな話をすることもありました。アイスを食べながら、学校のこと、将来のことなどを語りつつブラブラと。普段、言いにくいことも歩きながらだと自然に話せるし、気分転換にもなりました。
そうした中で12月に臨んだ最後の合不合判定テストでは20〜40%と、合格ラインには達していませんでした。小学校が私立だったので、近所の友だちもできるし「地元の公立でもいいかな」という思いが頭をよぎったのも、この頃のことです。ただ、結果はどうであれ、一度決めたことは最後までやり通すのだと、夫も私も決めていたので受験自体をやめることはしませんでした。
また、親が机に向かう姿勢を示して、感覚を共有することも大事かなと考え、私自身も夏から資格が取れる通信講座の受講を始めていました。リビングで息子の隣に座って勉強したり。
でも、私の思いとは裏腹に息子はなかなか本気モードにはならず……。12月頃までは私とのバトルも相変わらずで、「お母さんは僕を傷つける」とまで言われたこともありました。今、思い返すと、「決めたことはやり通す」と誓ってはいたけれど、実際は私自身の気持ちを整理するのに精一杯、という時期だったように思います。

《7日前のこと》
「子どもの力を認めよう」と思ったときに、遅咲き息子は本気モードに

1月の帰国生入試の結果は、不合格でした。私は、この結果は良かったと思っています。中学受験を甘くみていた息子が「もしかしたらヤバイかも?」と思うようになったからです。遅すぎだよ!?と、思わず突っ込みたくなりましたが(笑)。この頃には私も「勉強は親がやらせようと思ってできるものではない。たとえ不合格でも、息子にとっての『そのとき』ではなかったんだ、子どもの力を認めよう」という気持ちが強くなっていました。
そして迎えた入試1週間前。塾の教室に張ってある「あと○日」が1桁になって初めて焦ったと、 息子は笑いながら当時を振り返ります。最後の1週間、塾の授業はもうないんです。そのとき息子は、「授業は終わったけど、僕にはまだわからないところが残ってる」って。そこからでした。毎日学校の帰りに塾へ通い詰めて、テレビも見ず、好きな読書も一切せず。
息子は、校舎長の「成績は最後の1日まで伸びる!」という言葉にも励まされ、最後までまさに無我夢中でした。本当の意味でやる気を発揮したのは、この1週間だったのではないでしょうか。根気強く指導してくれた四谷大塚の先生方には、深く感謝しています。
受験を終えた今、思うのは、「入試100日前からの日々は子育ての基本を突きつけられた毎日だった」ということ。母の言葉が子をつぶしているのではと落ち込み、親子関係の危機を感じたこともありました。でも、そのときに私と息子をつないだのが、ハグ。息子は恥ずかしがりましたけど、ギュッとすることで、愛情からの叱咤であることは、わかってくれたと感じています。

《100日前のこと》
勉強の過剰ペースを修正できた塾の先生方の助言

うちは夫が仕事の関係で海外へ単身赴任しているため、ほぼ息子との二人三脚で乗り切りました。
四谷大塚へ通い始めたのは3年生のとき。どちらかと言うとマイペースな性格です。最初のうちは楽しく塾通いをしていましたが、学年が上がって課題などの量が増えるにつれ、勉強を進めるためのスケジュール管理が必要となり、私が行うようになりました。
6年生の秋頃は小学校の行事が多い時期でもあり、息子は学校に塾にと忙しい日々を送っていました。しかし、忙しい中にも本人なりに日々の充実感を味わいながら生活を送っていたように思います。ただ、この頃は「何とか良い結果を出させてあげたい」という私自身の焦りもあって、勉強のスケジュールは結果的に詰め込み気味の状態になっていて、本人のやる気が低下してしまいました。
そんなときの救いになったのは、塾の先生方の言葉。不安を抱えた私に「大丈夫ですよ。今のうちから焦る必要はありません。結果なんて最後までわからないのだから、お母さんは落ち着いてゆったり構えていてください」と、声をかけてくださったものです。大勢の受験生を指導されてきたベテランの先生方の助言は「なるほど」とうなずけるものばかりで、闇の中に迷い込んだような気分でいた私には、温かく頼もしい光に感じられました。
また、秋から冬にかけて気温が下がってくる時期には、風邪やインフルエンザへの対策も意識するようになりました。当たり前のことですが、外出時にはマスクを必ず着けさせて、帰宅時のうがいや手洗いは徹底させ、本人の健康に細かく留意しました。

《59日前のこと》
家庭での作文特訓で時間配分を意識させ、自信をつけた

残り2か月になった頃は、受験校の過去問を中心に勉強を進めました。
受験校の説明会では過去問に関する説明なども聞けるので、積極的に参加。入試の出題傾向を把握するのに役立ったと思います。
受験勉強で最も気を配ったのは、国語の作文対策でした。塾で国語の先生の指導を受ける一方で、家でも作文対策のトレーニングを実施。作文問題は特に時間との勝負ですから、私が時間を計っていましたね。書き上げるまでのペースを息子にしっかりと意識させました。
提出して先生に添削していただいたものは毎回見直して書き直しをさせることで、決められた文字数をできるだけ多く使って書くなど、作文のコツがつかめるようにしました。
受験時期が迫ってくるにつれ、塾での教室内の雰囲気も変化し緊張感が高まっているようで、息子の表情も少しずつ真剣なものに変わっていきましたね。
ただ、年が明けて併願校を受験し合格すると、ひと安心したのか本人の緊張感が解けてしまったようです。ここで緩みっぱなしになっては、今後の志望校の受験に影響すると考えて「まだ受験は終わっていないんだよ」と、気持ちを引き締めるよう促しました。
さらに志望校の受験日が近づいてくると、今度は本番前に緊張でガチガチになってしまわないように気をつけました。平常心を保つために勉強や生活のリズムを一定にして、毎日「普段通りの生活」を送らせました。我が子に平常心で生活させるために、この時期は自分自身も、どんなときも平常心で過ごすよう意識していました。

《3日前のこと》
結果そのものより自分の将来を選び取る経験が、受験の意義

志望校の受験日が迫り、いよいよとなった頃は、「やれる限りのことはやったのだから、今さらジタバタしても仕方がない」という気持ちになり、家庭ではますます平常心での生活を心がけていました。
根を詰めた勉強をさせるのはかえって逆効果と考え、過去問の見直しだけ時間を決めて行い、それ以外の時間は本人の好きなように過ごさせました。
受験直前は、不安要素の残る科目や不得手な問題がどうしても気になり、あれこれと手を広げて勉強をさせたくなるもの。そこをぐっと我慢して、緊張と緩和を意識したメリハリのある時間を子どもに持たせるのが、何より大事だと思います。
受験当日は、試験を終えた息子と合格発表の時間まで喫茶店で向かい合って過ごし、「もしも合格できなかったときは、併願校へ行くか公立へ行くか、自分で決めなさい」と伝えました。どのような結果になっても、自分の意志で自らの将来を選択したという実感と覚悟を、本人に持ってもらいたかったからです。
結果的には合格を手にでき、息子は望んでいた中学生活を送っているようです。受験では勉強に対する意欲が低下して本人なりに苦しんだ時期もありましたが、努力してそれを乗り越え、自ら決めたことを達成した経験が大きな成長をもたらしてくれたと感じています。また、私自身も先生方の力をお借りしながら、親として成長できた部分がありました。親子で同じ目標を目指したことで、絆もいっそう強くなったと感じますし、そういった意味で、結果に関係なく中学受験に挑戦して良かったと、心から満足しています。

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