開成中学校

ケアレスミスをからかわれた悔しさをバネに苦手教科を克服
中高一貫校で、同じレベルの 仲間とともに6年間じっくり力をつけてほしい」という母・綾さんの願いもあり、中学受験を決めた秀哉くん。転機が訪れたのは、小5の春でした。
「開成か筑駒を目指していたのですが、ケアレスミスが多かったことから、先生に"このままだと落ちる"と言われたんです。それを友だちにからかわれたことでスイッチが入り、自主的に勉強するようになりました」(秀哉くん)
そこから成績は平均してよかったの ですが、ただひとつ苦手だったのは、国語の物語文。小6の夏前までは、思うように点が取れなかったそう。
「小6の夏までに問題をたくさん貯めておいて、夏に一気に解きました。数をこなすうちに苦手意識がなくなりま した」(秀哉くん)
小6の10月から11月にかけては、やる気が落ちていた中だるみの時期。 「本人としてはひと通り問題を解き切ってしまったようで、何をやったらいいのかと、持て余しているような感じでした。成績も少し下がっていて、その様子に気づいた先生が、やるべき問題を指示してくれたことが、スランプ脱出の機会になりました」(綾さん)
12月には再びギアを入れ直し、勉強に集中。晴れて最難関中学に合格。
「受験期は、『終わったらどんな楽しいことをしようか』と考えることで、モチベーションを保っていました。入学したら鉄道研究部に入り、同じ趣味の仲間と大好きな鉄道の写真をたくさん撮りたいです」(秀哉くん)






質問
主に説明会や文化祭で情報収集をしました。塾からの資料や、先生のアドバイスももらいました。インターネットも使い、進学実績などを調べたりもしましたね。

質問
よかったらしっかり褒め、悪かったときはあまりきつく言わないようにしていました。本人が計画を持ってやっているので、「○○しなさい」と言うのは控えました。

質問
たまに、こっそり寝ているときがあったので(笑)、部屋をちょこちょこ覗いては、「ココア飲む?」などと声をかけつつ、様子を見るようにしていました。

質問
悪い点を取って落ち込んでも、そこから自分で気持ちを切り替えられるようになりました。計画性も身につき、今後のいい準備になったと思います。

併願校

開成か筑駒のどちらかを考えていたが、学力試験以外の要素も関係し、募集人数の少ない筑駒よりも、開成を第一志望にして集中対策。第二志望を筑駒とした。渋渋は家から近いこともあり、間に組み込んだ。1月校は、塾の模試で試験慣れできていたことと、過去問対策など勉強の手数が増えることを考え受験しなかった。





質問



塾がある日は2時間くらい、ない日は3時間くらい 勉強していました。家庭学習はできるだけ早く終わらせるよう、集中してやりました。


開成コースだったのですが、とにかく塾を信じて、塾でつくってくれた問題をひたすら学習しました。過去問対策もしっかり行いました。


パソコンが好きでソフトをいろいろいじって遊んでいました。電車を撮るのが趣味で、土曜日に出か ける撮影がよい息抜きになりました。


できる限りそばにいてメンタルをサポートしてく れました。いつも褒めてくれ、励ましてくれたこと が力になりました。とても感謝しています。

筑波大学附属駒場中学校

テキストを軸に学習を進める過去問の取り組みが合格の決め手に
「公立中学に行きたくない」と千弦くんが言い出したのは、地元の中学校に知っている人がいないという理由からでした。
「共働きだったので、小学校へは祖父母のいる学区から通わせていました。その地域で遊んでいて、地元に友だちがいなかったんです」(祐子さん)
本格的に勉強を始めたのは小4の3学期。スタートが遅かった分、最初はやや出遅れた感もありましたが、順調に成績はアップしていきました。
「先生の講義を聞くスタイルより、テキストを自分で学んで、週末にテストを受けるようになってから、どんどん伸びてきました」(秀夫さん)
ただ、最後の模試でも第一志望である筑駒の合格可能性は 50%。安心できる状況ではありませんでした。
「不安になったけど、成績は少しずつ上がってきていました。でも、ストレスを感じたり、マイナス思考になることもありました」(千弦くん)
それからの過去問対策が、合格の決め手となったようです。「過去問をやっていなければダメだったかもしれない」と、千弦くんは振り返ります。
麻布の受験の後、「骨が抜けたみたいに体が動かなかった」というほど千弦くんは消耗した状態に。それでも、受験校を絞っていたため、体調を整えて筑駒に臨み、合格を手にしました。
「千弦と一緒に歩んだ受験生活はとても楽しかったです。四谷大塚の『予習シリーズ』はよくできているので、休まず、たゆまず続けていけば、目標を達成できると思います」(祐子さん)






質問
説明会などにもほとんど行かなかったのですが、ある程度、学校の特徴は把握していました。新たな情報としては、塾の資料とインターネットで調べたくらいです。

質問
よくできたときは必ず褒めるようにしていましたが、特別なことは何も行っていません。ただ、不安になっても動揺した様子を見せないよう心がけていました。

質問
夕飯の後、8時になったら必ず勉強するということだけ約束していま した。仕事があってそばで様子を見られないので、そのリズムを崩さないように気をつけました。

質問
受験しなければ、目標を立て日々実践する機会は得られなかったでしょう。プレッシャーを乗り越える経験をしたことで、顔つきまで変わったような気がします。

併願校

1月校は受験せず。麻布が不合格だった場合を想定しての併願だったので、実際に受験したのは麻布と筑駒の2校。併願校は千弦くんが資料などを参考にしながら、ほとんど自分で考えた。そのうち見学したのは麻布のみで、特に学校訪問は行っていない。





質問



平日は2~3時間。学校から帰って5時半らいから、漢字などの軽めの学習をして、夕飯を食べた後の8時から4教科の勉強をしていました。


筑駒の過去問をがんばってたくさん解きました。算数と社会は5年分、理科と国語は10年分。麻布の過去問についても、同じくらいがんばりました。


ゲームをしたり、お父さんとキャッチボールをしました。学校から戻って5時までは友達と遊んだり、習い事のバイオリンも続けていました。


お父さんは算数と社会、お母さんは理科と国語を教えてくれました。そのおかげで合格できたと思っているので、とても感謝しています。

麻布中学校

まさかの右手首骨折 成績が下がるも無理強いはせず自主性を大切に
小5のときから、「なんとなく麻布がいいなあ」という思いがあったという瞬くん。説明会で話を聞くうち、第一志望となりました。
「図書館が大きいのがよかったです。 生徒の雰囲気は個性的で、先生たちの話もおもしろかった」(瞬くん)
小6の5月、思わぬピンチが。運動会の練習中に右手首を骨折。しかし父の昌之さんは焦りませんでした。
「うちは受験に対して、おおらかだったと思います。無理強いしても続かないので、なにがなんでも勉強させようとは考えませんでした」(昌之さん)
いい休養にはなりましたが、成績はガクッと降下。特に苦手科目だった国語と社会は、偏差値50代前半が続きます。母の恵子さんは、このときも叱るようなことはしませんでした。
「勉強嫌いにさせたくなかったですし、本人がやる気を起こさなければだめだと思っていました」(恵子さん)
「この頃はやる気が起きませんでした。でも、塾で麻布コースに入って、意識が変わったんです」(瞬くん)
秋以降は、苦手対策として塾の週テストの復習を徹底。受験経験者である兄の陸さんも勉強を教え、家族一丸となって受験に向かいました。12月の模試での合格可能性は50%。 それでも集中して勉強を続け、本番で最高の結果を出すことができました。
「振り返ると、自分のペースで勉強できたのがありがたかったです。最後までがんばれたのは家族の支えがあったから。感謝しています」(瞬くん)






質問
兄も受験しているので、手続きなどはわかっていました。学校ごとの情報は、文化祭やHPで集め、あとは塾の資料をしっかり読み、先生にもよく話を聞きました。

質問
あまり意識的な言葉はなかったのですが、受験する以上はあきらめずにがんばってほしかったので「やるならやろう。入学し たら楽しもう!」と言っていました。

質問
あまり無理をさせないことです。早く終わったら休ませ、疲れを取ることを優先していましたね。勉強の合間には、明るい話題で楽しく過ごしていました。

質問
以前から自己表現が苦手でしたが、受験を通し自分の意見が言えるようになりました。話していると「こんなに大人びた深いことを考えているんだ」と感慨深いです。

併願校

1月校は受けず、本人が本当に行きたい学校だけを受験。インフルエンザなどで1日、2日の受験が失敗してしまったときのことも想定し、3日には、合格可能性の高かった国学院大学久我山も受験できるように願書を準備しておいた。





質問



塾がある平日は、学校と塾に全力を注いでいたので家庭学習はなし。土、日も塾がありましたが、そのほかに3時間ほどは勉強したでしょうか。


記述の量がとにかく多い傾向にあるので、ひたすら記述問題を解きました。わからなくとも白紙にせず、少しでも書くように意識していました。


ゲームが趣味だったのですが、小6の夏からは自分で止めて「受験モード」になりました。本や漫画を読むのが息抜きになりました。


体調管理に万全を尽くしてくれたこと。早寝早起きさせてくれ、空気清浄器も買ってくれました。おかげで無事に受験することができました。

武蔵中学校

1月校を3回受験 最後まで実力のアップに努めタイトな入試に
2歳年上のお兄さんが、武蔵中学に入学し、楽しそうに過ごしているのを見て、第一志望とした裕貴くん。
「偏差値的には、併願校の本郷や芝ぐらいが合格圏内で、武蔵はちょっと手が届かないかな、という感じでした。1月校を3回受けたのも、本番に慣れるということ以上に、少しでも武蔵合格に近づけるため、入試という場で最後まで実力を向上させたいという思いが強かったです」(美穂さん)
武蔵と言えば、理科で出題される〝おみやげ問題"が特徴のひとつ。与えられた実物の模型や器具を用いて解く問題です。
「今年は、曲がり方や太さが違うケーブルが3本配られ、それぞれどんな場面で使うべきかを考える問題。難しさとおもしろさを同時に感じながら解きました。武蔵は偏差値的には高めだったけど、過去問をやっても相性がよかったし、なんとかなるかなという感覚はあったんです」(裕貴くん)
不測の事態に備えて、併願校は厚めに。結果、かなりタイトな入試スケジ ュールとなりました。 「幸い、うちの子は試験の疲労からの 回復は早く、受験した日の午後はさすがにグッタリしていましたけど、翌日に疲れは残らなかったようです」連日続く試験を乗り越え、見事第一志望の武蔵に合格を果たします。
「息子の好奇心を引き出し、後押ししてくれた塾の先生には感謝しています。受験をして本当によかったな、と思っています」(美穂さん)






質問
塾から得られる情報をもとに、実際に学校説明会に足を運びました。インターネットから得られる情報は、各学校の大学合格実績を見た程度です。

質問
努力した分、結果は出るので、悔いの残らないようにしなさい、と。一方で、いけないと思いつつ「第一志望はあきらめたら?」などと、怒ってしまっていましたね。

質問
小4のときに、リビングの脇に辞典などの本やちょっとした勉強机を置いた“学習コーナー”をつくりました。子どもがリビングだと集中できるようだったので。

質問
「知らないことを知るのはおもしろい」ということに気づけたこと。かつてはつまらなそうにしていたテレビのニュースも、興味を持って見るようになりました。

併願校

開成か筑駒のどちらかを考えていたが、学力試験以外の要素も関係し、募集人数の少ない筑駒よりも、開成を第一志望にして集中対策。第二志望を筑駒とした。渋渋は家から近いこともあり、間に組み込んだ。1月校は、塾の模試で試験慣れできていたことと、過去問対策など勉強の手数が増えることを考え受験しなかった。





質問



小6の夏休み以降は、塾のある日で1~2時間ぐらい、塾のない日は4時間ぐらい勉強。過去問は、武蔵以外は12月からやりました。


やはり算数の記述が大事。武蔵でよく出題される数の性質が苦手だったので、なるべく多く過去問を解きました。立体の主題は少ない印象です。


お母さんと買い物に行くことが息抜きになりました。テレビは時間制限をかけられていましたが、ちょくちょくそれを破って見ていました(笑)。


塾に行くとき、お母さんが仕事を中断して車で送り迎えしてくれたことです。片道20分弱ですが、これがいい仮眠タイムになりました。

駒場東邦中学校

第一志望を小6の5月に変更 気負うことなくより上を目指す
「大学に進学しやすい附属校に」 という母・敦子さんの希望もあって、日向くんが塾に通い始めたのは小3の2月。その後、成績を順調に伸ばし、小6になる頃には、上位のクラスで安定しました。 第一志望を決めたのは5月23日のこと。この日までは、早稲田中学校を目指していたそうです。
「親としては、無理して失敗させたくないという気持ちもありました。でも、 塾の先生に面談を受けたところ、『彼は上を目指してがんばっているのです から、それを止めることはないでしょう』と言われました」(敦子さん)
自分から言い出せないのかもと思った敦子さんが、「駒東にしようか?」 と日向くんに尋ねると「そうする!」 という返事が返ってきました。
「壁に目標を貼り、そこに第一志望を決めた日にちを書きました。激励会とかで、こういうことを聞かれるんだろうなと思ったんです」(日向くん)
志望校は決定しましたが、日向くんはコツコツが苦手なタイプ。1行問題も「やりきったことがない」とのこと。 そのせいか、直前期に入って計算問題 のミスが目立つようになり、1月から〝まとめて"1行問題に取り組みました。 「最後の1週間は大変だった」という日向くん。1日5時間、過去問に挑み、 合格することができました。
「気負いのなさがよかったのかもしれません。どうしても受からなければというより、彼の笑顔を見たいのが一番でしたから。今、一緒に喜び合えるのが何よりうれしいです」(敦子さん)






質問
やっぱり塾からの情報が一番多かったですね。あとは、同じ塾、小学校に通っている友だちのお母さんからも、いろいろと教えてもらっていました。

質問
よかったことは必ず褒めるようにしていました。ただし、過剰にではなく適度に。本人は「落ちる」と言わないようにしていましたが、私は特に意識しませんでした。

質問
テレビは点けず、できるだけ静かにすることを意識していました。本好きな子なので、ひょっとすると気になるかなと思いつつ、読書をして過ごしていました。

質問
人生最高の緊張を感じたであろう受験を乗り越え、合格したことで、精神的に強くなったと思います。日々少しずつですが、変わってきているのを感じます。

併願校

1月の立教新座は試験慣れのため受験。2/3の筑駒は、早稲田とのダブル出願。第一志望の駒場東邦の合格が2/2に判明していたので、筑駒を受験。芝は受験しなかった。





質問



塾のある日は宿題だけで1時間、塾のない日は3時間くらい。小5からそのくらい勉強していましたが、小6では集中力が違ってきました。


最後に過去問をまとめてやりました。駒場東邦の社会は記述が多くて、暗記ではなく自分で考える問題だったところが合っていました。


読書です。勉強の合間に、本を読んで息抜きをしていました。好きなのは物語で、最近は特に星新一が気に入っています。


塾があるときに毎日、お弁当をつくってくれたことに感謝しています。お母さんのお弁当はとてもおいしかったです。

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