「チームのために何なにができるか?その気持ちを胸に努力を積み重ねる」

宮間 あや氏(サッカー日本女子代表)夢をかなえるために大事なこと3つ

ボールを蹴ることに没頭した子ども時代

宮間 あや
1985年生まれ、千葉県出身。高2から岡山湯郷Belleでプレー。2003年から日本代表に選ばれ、2011年のW杯優勝、2012年のオリンピック銀メダル、2015年のW杯準優勝に貢献。海外リーグを経験した後、岡山湯郷Belleに復帰しエースとして活躍中。

 小さい頃ころから体を動かすことが大好きでした。反対にジッとしているのが苦手で、学校で長い時間イスに座っているのは、かなり苦痛でした(笑)。

 サッカーを始めたのは、小学校に上がる少し前から。父からサッカーを教わり、そのまま父が監督を務めていたサッカースクールに通うようになりました。当時はJリーグが開幕した頃で日本全体がサッカー熱にわき上がり、代表選手やJリーガーが今以上に大きな注目を集めていました。ただ、「将来プロになりたい」「日本代表で活躍したい」という気持ちは、まだ持っていませんでした。それよりもボールを蹴っている時間がとにかく楽しくて! 学校の休み時間はいつもサッカーをして遊び、一人のときも練習に明け暮くれました。時間を忘れてリフティングをしていたことを今でも覚えています。

 当時通っていたサッカースクールは、私の姉をはじめ女子選手が何人かいたので、孤独感を覚えることはほとんどなかったです。でも、女子サッカーが今ほど広まっていなかった時代。小学校高学年になって大会に出るようになると、出場選手の中で女子は私だけということがよくありました。ときには、ほかのチームの選手から奇異な目で見られたり、「女がサッカーをやってる」とからかわれたり……。

 でも、当時のチームメイトが言ってくれたんです。「あやはすごく上手なんだから、周りに何か言われても気にするな」って。その励ましのおかげで、サッカーへの情熱を失うことはありませんでした。

父の言葉でチームへの意識が大きく変わる

岡山湯郷Belleでは、攻撃的MFとしてチームを牽引

 小学校時代の思い出としては、父から言われた言葉も心に残っています。6年生のとき、父が選手を集めてこう語りかけました。

 「自分以外の仲間のためにプレーしよう。全員がそれを意識すれば、チームとして大きな力を発揮できるはずだ」

 それまでの私は、チームのためにがんばるという意識をあまり持っていませんでした。「自分が一番うまい」「自分はこんなプレーができる」と、実力を誇示するような気持ちの方が強かったんです。でも、サッカーはチームスポーツ。選手一人ひとが勝手なことをしていては、勝利を手にすることはできません。父の言葉を聞いて、そのことに気づかされました。それからは、チームのために自分は何ができるのか、チームが強くなるためにどうすればいいのかという意識を常に持つようにしています。実は、母からも小さい頃からよく、「自分以外の誰かのためにがんばりなさい」と言われていました。だから、父の言葉をすんなり受け入れられたのかもしれません。

 高校を卒業し、岡山湯郷Belleや日本代表、アメリカのチームでプレーするようになっても、チームのためにがんばりました。それも、ただ心の中で思うだけではなく、言葉や態度で示すように心がけています。チームが勝利から見放されて士 気が下がっているときは、明るい声で盛り上げる。勝利の余韻に浸り過ぎて緊張感が薄れていると感じたときは、厳しい言葉をかける。そのときのチームの状況に応じて、いろいろな工夫をしてきました。

 私にとって幸運だったのは、澤穂希さんをはじめ、お手本となる先輩たちが身近にたくさんいたことです。どの選手もチームの成長を第一に考えて練習や試合に取り組んでいました。その努力が積み重なった結果として、2011年のワールドカップ優勝、2012年のオリンピック銀メダルを成し遂げられたのだと思います。

クラブでの活躍の先に日本代表がある!

サポーターとの交流の様子。「町を歩くといろいろな人が声をかけてくれる」と話す宮間氏。

 今年の6月から7月にかけてカナダで行われた女子ワールドカップもチーム一丸となって戦うことができました。決勝までのすべての試合が1点差と苦しい勝負が続きましたが、その過程でチームが一回りも二回りも成長したように感じます。残念ながら連覇は達成できませんでしたが、なでしこジャパンが持つ可能性を改めて世界に知らしめることができたのではないでしょうか。

 来年の夏にはブラジルでオリンピックが開かれ、またしびれるような戦いが繰り広げられることでしょう。その大舞台に立ちたいという気持ちは、もちろん持っています。しかし代表チームは選ばれて入るものであり、選考結果を自分でコントロールすることなどできません。それよりもまず大切なのは今所属するクラブチームで勝利に貢献し、結果を残し続けること。その先に日本代表があります。

 アスリートの中には「次の大会で必ず優勝する」「今年は全試合に出場し、○点以上とる」といった明確な目標を立てて、練習に取り組む人がいます。でも、私はそういう目標を立てたことがほとんどありません。それよりも、一日一日を大切にすることを強く意識しています。明日も今日と同じようにプレーできる保証はどこにもないし、選手生活にはいつか終わりが来る。そうなったときに後悔しないためにも、日々の練習を、一つひとつのプレーを大切にしようと心に刻んでいます。

そして、もう一つ目指しているのが、サッカーの楽しさをより多くの人に知ってもらうことです。2011年のワールドカップ優勝で以前より女子サッカー人気が高まっているとは言え、男子に比べるとまだまだ。今の人気を一時のブームで終わらせないためにも小学校や幼稚園を訪問し、子どもと一緒にボールを蹴る活動を続けています。その中で一人でもサッカーのおもしろさに気づき、日本代表を目指ざすようになってくれたらうれしいです。

周りの声を聞くことで将来が拓ける

今年の6月から7月にかけて行われた女子W杯では準優勝という結果を残した。

 小学生の皆さんは今、いろいろな夢や 目標を胸に抱いていると思います。それに向かって努力するとき、意識してほしいことがあります。それは周りの人を大切にすることです。スポーツの世界だけでなく、ビジネスや研究の分野やでも、たくさんの人が互いに支え合うことで物事は前進します。岡山湯郷Belleでも監督やコーチをはじめ、大きな声で応援してくれるサポーター、スポンサーになってくれる企業の方々がいるおかげで、私たち選手はプレーすることができます。

 自分のためにがんばることはとても大切ですが、それだけにとらわれず、「自分以外の誰かのためにがんばる!」という気持ちを持ってみてください。そうすることで視野が広がり、苦しい局面でもがんばることができると思います。

 ときには、周囲の人から厳しい言葉をかけられることもあるでしょう。私もプロ選手としてのキャリアをスタートさせた頃は、監督や先輩から注意を受けることがたくさんありましたが、そのおかげで社会人としての基礎ができていきました。注意や叱責の言葉はうれしいものではないし、できれば聞きたくない。でも、その中に厳しい局面を打開するントが眠っているときがあります。周りの声に耳を傾けながら、夢に向かって全力でがんばってください!

 父も母も基本的に放任主義でしたが、他人への接し方や整理整頓など、人しての基本がしっかりできていないときは真剣に叱ってくれました。一方、いつも私の意志を尊重し、大事な局面ではそっと背中を押してくれたんです。岡山湯郷Belleに行くと決めたときも、アメリカのチームへの移籍を決めたときも温かく見守ってくれました。両親とは今でも電話やメールで頻繁にやりとりをしていて、W杯前も普段と同じように話していました。おかげで変なプレッシャーを感じず、自然体で勝負に臨むことができました。
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