「病気で話せなくなったすべての人の声を取り戻す」

山岸順一氏(国立情報学研究所 工学博士)夢をかなえるために大事なこと3つ

ロック好きが高じて音声加工の魅力を知る

山岸順一
1979年東京都生まれ。東京工業大学大学院博士課程修了。国立情報学研究所コンテンツ科学研究系准教授。音声情報処理の研究に従事する一方、音声合成の技術を福祉に応用した「ボイスバンクプロジェクト」を展開。2014年に文部科学大臣表彰若手科学者賞を受賞する。

小学3年生までは東京都世田谷区で育ち、その後は神奈川県秦野市へ移りました。緑の多い環境で暮らすようになったせいか、この頃から野鳥に興味を持つようになったんです。野鳥クラブというサークルに入り、鳥の観察に熱中していたのを思い出します。

それと母親が自宅で学習塾を開いていたため、学校から帰ると、ほかの生徒と一緒に算数の問題を解くのが日課になっていました。おかげで算数が得意になったのですが、国語が苦手で。学生時代はあまり力を入れませんでしたね(笑)。 でも、研究者になってからわかったのですが、理系の分野に進んだとしても国語力は不可欠です。たとえば研究発表のために論文を書いたり、誰かの協力を得るために依頼状を書いたりする。そういうときは、国語力がものを言います。理系に進むからといって、国語の勉強を疎かにしてはいけない。結局は自分が困ることを、みんなにも伝えておきます。

 中学へ進学すると、バドミントン部に入って練習に打ち込みました。自分の性格に合っていたのか、高校、大学に入っても続けることになりました。高校時代にバドミントンで県大会へ出場したのもいい思い出です。

また中高生の頃は、ロック系の音楽をよく聴いていました。だんだん聴くだけでは飽きたらなくなり、仲間とバンドを組んで演奏をしたり……。音楽仲間に音を編集する機材を持っている人がいたのですが、それを借りて、楽器の音を多重録音(個別に録音させたいくつかの音を重ね合わせ、同時に再生する方法)して遊ぶこともありました。そのときに「音を加工するのはおもしろい!」と感じたのがきっかけで、大学で音の研究に取り組むようになりました。

自分らしい声を再現するために奮闘

2011年、東京大学大学院で博士課程を修了。在学中に東京大学総長賞も受賞した。

大学では、コンピュータを使って音を人工的につくり出す「音声合成」の研究に打ち込みました。理系分野が得意で、音を聴いているのが好きな私にとって、ぴったりの研究。大学院の博士課程を修了するまで、ずっと続けました。

さらに大学院を出た後、イギリスへ渡って研究を続けました。イギリスは、音声合成の研究が半世紀以上前から行われている国。その環境に身を置いて周りの研究者から多くの刺激を受けた私は、よりいっそう意欲を燃やし、結局8年間滞在しました。

当初は、音に対する純粋な好奇心から始めた研究だったため、世の中の役に立つかどうかはわからないままでした。ひたすら研究に没頭し、いろいろな分野の研究者と協力する内に「音声合成技術は社会に役立てられるのではないか」という意見をもらうようになりました。そして、ある日、一人の研究者から「あなたの研究は、医療や福祉に役立てられるかもしれない」と言われて、はっとしました。自分の研究を社会に役立てる方法が、ぼんやりと見えてきたのです。

試行錯誤の末、のどの手術によって声帯を失ってしまう人の声を手術前に録音し、それを利用して音声合成器をつくりました。それが2007年のことです。音声合成器があれば、声を失った人が何かを伝えたいときに、この装置がその人の声で代わりに話してくれます。医療にこのような音声合成の技術を応用する試みは世界的にもめずらしかったため、当時イギリスの新聞で取り上げられ、大きな話題を呼びました。

夢の実現のために技術を進化させたい

自然公園で工作に打ち込んでいる様子。子どもの頃から手を動かすことが得意だった。

現在では、私わたしたちの生活の至るところで音声合成技術が使われています。たとえば、カーナビの音声ガイド機能などが代表的です。人工的につくられた声は、ロボットのような声で近未来を彷彿させます。

しかし、医療で活用するには適していないように感じます。声を失った人の代わりを果たすには、その人らしい声を生み出さなくてはいけない。そうでないと、技術を利用する人も、声を聞く人も違和感を覚えるのではないでしょうか。

 最も理想的な方法は、患者さんの声そのものを録音して使うことです。しかし、これがなかなか難しい。声を失う前に「あ」から「ん」までの五十音を全部発音してもらい、それを録音すれば音声合成器ができるかというと、そうではありません。会話は、何らかの文章で成り立っているため、文章によって音の強弱や発音のスピードが細かく変わってきます。同じ五十音でも文章の先頭と最後では少し異なって聞こえます。さらに個人差も大きい。ですから、患者さんに文章を話してもらい、音のデータを集めるのが望ましいのですが、私たちが日常的に使う文章は山ほどあります。そのため、100 時間くらいの録音が必要となるのです。

しかし、そんなに時間のかかる作業を実際に行うのは、とても大変です。そこで私は、性別や年齢層が同じ人の声を集めて、平均的な声のデータをあらかじめつくっておく方法を考案。それに本人の声のデータを少し足して、理想的な声に近づけるのです。この方法なら、一人につき10分程度の録音を行うだけで、その人らしい声を再現できます。ただし、平均的な声のデータをつくるためには、たくさんの人のデータが必要となります。そのため、多くの人に協力してもらい、声のデータを集めました。

2011年からは、音声に障がいがある人の生活を向上させるために「ボイスバンクプロジェクト」をスタート。日本全国へボランティアの協力を呼びかけ、幅広い年齢層の声を集めています。協力者が増えれば、それだけ音声合成システム(声を自動で生成するシステム)の構築が容易になります。将来的には、病気により話せなくなったすべての人が、自分の声を取り戻せるようにしたい。それが一日でも早く実現できるよう、これからも全力を尽くしていくつもりです。

見つかっていない答えを探し出すのが研究

イギリスの大学に8年間在籍。研究に打ち込む中で、音声合成の研究の生かし方を見出す。

音声合成の技術は今、多くの人の役に立つ技術になりました。しかし、最初から成功に至る道筋が見えていたわけではありません。恐らく、どんな研究についても同じことが言えるでしょう。大勢の研究者が地道な努力を積み重ね、膨大な労力と歳月を費やしながら、理想的な形を模索していく。その長い道のりを経て、社会に役立つ技術を生み出すことができるのです。

そして一定の成果が出たら、また新たな目標を目指す。私の研究も、声を失った人のために音声合成システムを完成させることがゴールではなく、新たな問題の解決を求めて、前進を続けます。なぜなら、まだ見つかっていない「答え」を探すことこそが、本当の研究なのだから。大きな成果が出るまでには多くの時間を要しますが、あきらめずに続けていきます。みんなも、自分が決めた目標に向かって、コツコツと努力を続けてください。その先に大きな成果が待っています。

 父は多忙な会社員でしたが、休日は自然が豊かな公園などいろいろなところへ連れて行ってくれました。おかげで小さい頃から理系分野に興味を持つことができました。一方、学習塾を開いていた母は、主に学習面のサポートをしてくれました。両親とも、私が興味を持った分野を否定せず、好奇心や学力を伸ばすよう工夫していたのだと思います。それは、私自身が子どもを育てる身になってから実感する部分が多く、ときどき両親の子育ての仕方を参考にしています。
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