重病の患者さんが意思表示できる技術を社会に普及させる

長谷川良平博士(産業技術総合研究所脳科学者)夢をかなえるために大事なこと3つ

釣り好きの少年が戦隊ヒーローに変身

長谷川良平
京都大学大学院理学研究科博士課程修了。米国ノースウェスタン大学などを経て、2004年に産業技術総合研究所脳神経情報研究部門 へ。2010年より同研究所のヒューマンライフテクノロジー研究部門ニューロテクノロジー研究グループ長に就任。脳科学者

幼稚園から小学校低学年ぐらいの頃は、いつもローラースケートを履いて外で遊んでいました。魚釣りも大好きで、友だちと池や海岸へ出かけては釣りを楽しんでいました。3、4年生になると、近所の釣り好きのおじさんにお願いして山奥の渓流釣りや、船で岩礁に渡る磯釣りなどに釣れて行ってもらったりしていました。 「大冒険」って感じで。

学校の勉強に関しては、特に成績が良いというわけではなく、ごく平均的な生徒だったと思います。でも、昔から科学雑誌『ニュートン』を読んだり、テレビの科学番組を観たりするのが楽しくて、理科が一番好きな教科でした。天文台や博物館へ行くのも好きで、その当時から科学者という職業に憧れを抱いていました。一方、釣りの仕掛けをつくるのが得意で手先が器用だったため、 「大人になったら発明家になるのもいいな」という気持ちも少しありましたね。

釣り好きはその後も続いて、小学校の高学年になる頃には、より複雑な仕掛けをつくるようになったり、魚の生態についても興味を持つようになりました。その頃の経験は、手先の器用さが必要な実験技術や、生物が環境の中でどのように暮らしているのか考える洞察力を養うことにつながりました。

高校生になると釣りや勉強のほかに、アルバイトにも力を入れるようになりました。体を動かして楽しむ仕事をやってみたいと思って始めたのが、戦隊ヒーローのアクションショー。テレビに登場する戦隊ヒーローの衣装を着て、お客さんの前でアクションを披露するのが仕事です。客席に座っている子どもたちにとっては、衣装を着て戦っている私がヒーローそのもの。だから、観ている人たちをがっかりさせてはいけないと思い、必死で仕事に取り組みました。放課後に高架下の広場へ行き、観客を引きつけるかっこいい動きを練習する日もありました。

アルバイトとしては少し変わった内容でしたが、高校生のうちから働いてお金をもらう経験を積んだことで、自分も社会を担う一員であるという意識を養うことができたと思います。現在は、科学者として講演を行う機会が多いですが、このアルバイトの話をすると参加者の人たちが興味を持って耳を傾けてくれます。そういう意味でも、戦隊ヒーローを演じておいて良かったと感じています(笑)。

アメリカ留学を機に先端分野の研究へ

子ども時代は外で遊ぶことが多く、当時流行りのローラースケートをいつも履いていた。

自分の進路については、高校生の頃から少しずつ考え始めました。そして、心理学の実験について書かれた本を読んだことがきっかけで、心の働きを勉強してみたいと考えるようになったのです。

大学では、動物実験を通して生理学的な観点から心理学を考える学問などに取り組みました。これにより、ますます心理学への好奇心が増していきました。人間の脳の仕組みや働、特に意思決定」というテーマに関して興味を持つようになり、京都大学の大学院へ進んでさらに専門的な勉強を行いました。

そして、現在の研究につながるテーマと出会あったのは、アメリカへ留学したときのこと。2000年頃、欧米では「ブレインマシンインターフェース(BMI) 」と呼ばれる新技術が注目を集めていました。これを簡単に説明すると、脳の情報を読み取って機械を動かす技術。つまり、頭で考えただけで思い通りに機械やシステムを操ることができるのです。

この技術を、メッセージ選択に関する意思決定の解読に応用したい。それが実現できれば、体中の筋肉を動かすことができない難病のために会話することや、文字を書くことができなくなってしまった人でも、自分の考えや感情をほかの人に伝えることができるようになります。私は、この研究のすばらしさと社会的意義を感じ、ぜひ取り組んでみたいと考えるようになったのです。

患者の意思を読み取る装置を開発する

高校生になってからはアルバイトに励んだ。戦隊モノの衣装を着て、アクションショーを演じた。

それからは、BMI技術を駆使 しして、体を思うように動かせない患者さんの意思伝達を助ける研究を仲間とともに行ってきました。その努力の結果、 「ニューロコミュニケーター」という装置を開発しました。これは脳波を測定し、意思伝達をサポートするものです。

私たちの脳の中で情報伝達が行われるとき、ごくわずかな電気が流れます。たとえば、みんなが周囲の変化に気づいたり、何かに驚いたとき、脳内では電気信号が生じます。この電気信号を脳波と呼びます。脳波は頭皮の上からも感知できるので、まず頭に装着した超小型の脳波計で脳波を計測し、コンピュータに無線で送る仕し組 みをつくりました。次に、患者さんの目の前にパソコンを置き、その画面に伝えたい気持ちやケアしてもらいたいことなどを表示させます。それを患者さんが見て、頭の中でどれかを選ぶと、言葉を発しなくても、指で示さなくても、患者さんの脳波を装置が感知してイラストを選択。こうして患者さんの意思を周りの人も理解できるようになります。

もちろん、患者さんの体の状態に関わらず脳波を正確に読み取れるレベルにするには、まだ時間が必要です。しかし、重い病気と闘う患者さんの生活を大きく変える可能性を秘めている技術です。一日も早く実現できるよう、これからも研究に全力を注いでいくつもりです。

理系の研究者にも国語力は不可欠

みんなの中にも、将来は研究者になりたいと考えている人は多いことでしょう。では、研究者になるためには何が必要なのか?私から3つのアドバイスを送ります。まず、コミュニケーション力を身につけること。これは、自分の考えをほかの人に正確に伝えたり、相手をうまく説得する対話能力のことです。一昔前の研究者というのは、研究室に閉じこもって黙々と実験ばかりしているというイメージがありました。しかし、自分の研究内容を広く知ってもらうためには、周りに協力を求める姿勢が欠かせません。また、さまざまな得意分野を持つ人とチームを組んで大きな成果を出すことも重要力であり、そのときもコミュニケーションがカギを握ります。

次に、国語力を鍛えること。研究者は、研究に関する難しい資料を読んだり、研究成果を論文にまとめるなどの作業が必要です。小学生の頃から、さまざまなジャンルの本を読み、文章の中から一番大事な部分を見つける習慣を身につけて、国語力をアップさせてほしいと思います。

最後は、いろいろなことに気づく力を養うこと。普段の生活から得られる何げない発見が、研究にはとても重要です。日頃から「どうして○○はこうなっているのだろう?」と疑問を持ちながら、身の回りの出来事を考えるように心がけてみてください。そうすることで思考力が磨かれ、今までだれも解明できなかった謎を、いち早く明らかにすることができるかもしれません。この3つの力は、研究者や科学者だけでなく、どの分野に進んだ場合でも役立つことでしょう。小学生の頃から少しずつ身につけ、夢の実現に役立ててみてください。

父は商業写真関連の会社を経営していました。私をときどき仕事場に連れて行き、大勢の人とチームで活動している様子を見せてくれました。その体験を通して、チームワークの大切さを知ることができました。父は家業を継いでほしかったのでしょうが、進路を強制するようなことはありませんでした。おかげで、私は研究者の道を選ぶことができました。母には、科学雑誌や図鑑を小さい頃からたくさん買い与えてもらいました。その内容に興味を覚えて何度もページをめくるうちに、科学の分野に関心を抱くようになったのだと思います。
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