"未知の世界"へ一歩踏み出し夢や目標を探してみよう!

石川直樹氏(写真家)夢をかなえるために大事なこと3つ

インド一人旅で「未知の世界」を知る

石川直樹
1977年東京都生まれ。早稲田大学卒業、東京芸術大学大学院博士後期課程修了。2000年、地球縦断プロジェクト「Pole to Pole」に参加し、北極点から南極点を人力踏破。翌2001年にはエベレストに登頂。当時の世界七大陸最高峰登頂の最年少記録を塗り替える。写真集『CORONA』(青土社)で土門拳賞を受賞。

東京の都心に近いところで生まれ育ち、幼稚園から高校まで一貫教育の私立校に通いました。サッカーと読書が好きな子どもで、小学生の頃に好んで読んでいたのは、『ロビンソン・クルーソー』や『トム・ソーヤーの冒険』といった冒険物語です。図工の時間に絵を描いたり工作するのも楽しみでしたし、同級生たちの間でミニ四駆やテレビゲームなどが流行れば、皆と一緒に遊んでいました。

中2の冬休みには、初めての一人旅を経験しました。旅行の目的地は四国の高知県。坂本龍馬について書かれた本を読んで、「龍馬の生まれ故郷へ行ってみたい!」と思ったのがきっかけでした。

これを機に「未知の場所」へ足を踏み入れる楽しさを知り、次第に日本の外へも興味が向くように。高校 時代の世界史の先生が元バックパッカー(リュックサックを背負って、旅行ツアーなどに参加せず気ままに旅をする人)で、いろいろな旅の話を聞いたことからも刺激を受けました。そして、高2の夏休みに思い切って海外へ出かけたわけです。

まず訪れたのはインドでしたが、私はここで大きな衝撃を受けました。

この国にはガンジス川という大きな川があり、大勢の人たちがその流域で暮らしています。しかし都市を流れる川はあまりきれいとは言えず、大量のごみや動物の死骸などが浮いているのですが、それでもインドの人たちは平気な様子で顔を洗ったりしていました。また、歩き疲れてカフェで一休みしてコーヒーを飲んでいると、いきなり目の前を大きなゾウが通ったこともあります。

自分が生まれ育った場所とは何もかもまるで違う。これまで当たり前に考えていたことが、全然当たり前じゃない。大きなショックを受けるとともに「もっと驚きたい!」「もっともっと知らない世界を見てみたい!」という気持ちが、わき起こってきました。この気持ちが、私の原点となり、その後も世界各地を旅するようになりました。

広い太平洋の上で死を覚悟した瞬間も

東京で過ごした子ども時代。サッカーと読書に夢中になっていた。

インドでの体験を文章にしたところ、それが旅行会社の人の目にとまり、雑誌に掲載されることになりました。これを機に文章を書かせてもらう機会を得て、「旅先で写真を撮ったり、紀行文を書いたりしながら生きていけたらいいな」と思い始めました。

その一方で、高校3年生からは大学受験に取り組み、早稲田大学の文学部へ進学しました。その理由は、カヌーイスト(カヌー愛好家)で作家の野田知佑さんのすすめがあったから。「旅を続けるにしても、大学で学ぶ機会があるなら、学んでおくに越したことはないよ」と、アドバイスしてくれました。

大学に入ってからさまざまな分野の学問に触れる一方、本格的な旅も再開。この頃の出来事では、カナダの冒険家の呼びかけに応じて参加したプロジェクトが最も思い出に残っています。9か月間を費やして北極点から南極点まで、徒歩に加えて自転車やスキー、カヤック(足を前方に投げ出すようにして座って漕ぐカヌー)などを駆使して人力だけで踏破しました。

この大きな旅の後も南極に残り、最高峰の山に登頂。続いて、南米大陸、オーストラリアにも向かい、世界最高峰の山エベレストも踏破しました。当時としては世界最年少での七大陸最高峰登頂達成の記録となりました。しかし、記録をつくりたいからチャレンジしたわけではなく、新たな発見を求めて歩み続けた結果が偶然、そのような記録になったのだと思っています。

また、私が試みた旅のすべてが成功したかというと、そんなことはありません。探検家の神田道夫さんに同行して試みた熱気球による太平洋横断は、日本から1600キロメートル離れた海に着水し、飛行を断念する形で終わりました。貯水タンクを改造したゴンドラで救助を待ち続けることになったのですが、いつ浸水して沈むかわからない恐怖や船酔いに襲われながら何時間も過ごしたときは、さすがに死を意識しました。

見慣れた風景にも驚きを見出すのが旅

小学生時代の写真。走ることが得意でリレーの選手に選ばれることもあった。

大学卒業後は、東京芸術大学の大学院に進学しました。「旅を続けてきた人がなぜ芸術の大学へ?」と思われるかもしれませんが、それは当時、私が学んでいた「星の航海術」と関係があります。

「星の航海術」というのは、海図やコンパスに頼らず、星や波の状態、海鳥やクジラの動きなど、あらゆる自然現象をもとに船の進路を決める航海術のこと。この原始的な海を渡る技術が「まさに芸術そのものだ」と、東京芸術大学の伊藤俊治先生に言われました。今の日本では芸術を「アート」という言葉に置き換えることが多いですが、これはラテン語の「アルス」が語源で、「自然の配置」「技術」などの意味があります。そこから、〝自分の知らない世界に出会うための技術や旅は芸術につながるんじゃないか?〞と考え、大学院の美術研究科でさまざまな勉強をしました。

私はこれからも自分の知らない場所へ足を運び、新たなものを見て、聞いて、感じたい。そして、自分なりに捉えてみたいと思っています。

飛行機や自動車などの交通手段が発達した現代においては、「地球上で人類が行っていない場所はほとんどない」と言う人もいます。確かに一理ありますが、旅の価値までなくなるのかと言えば、そんなことはありません。

だれでも知っている場所、人々が見慣れた風景にだって、驚きはたくさん隠されているからです。見慣れたものに対する新たな見方を見つける。だれもが知っているはずのものの中に新しい世界を見出す。そして、それを写真と文章で表現し、発信していく。それが自分の役割かもしれないと考えています。

世界は自分の知らないことであふれている

2000年から参加した地球縦断プロジェクト「Pole to Pole」で、北極から南極までを人力踏破した。

現在は旅や撮影とともにワークショップも行い、年1回のペースで小学校などで開催しています。

私も子どもたちと一緒になって写真を撮り、写真展を開催し、写真集もつくる。参加者の子どもの中でも特に小学3、4年生がおもしろいですね。ものの見方が柔軟で、新鮮な視点に驚かされることがよくあります。

大人になるにつれて多くの人は常識に捉われ、「これはこういうものなんだ」と自分で決めつけてしまうことが多いように感じます。でも、それは単なる思い込みに過ぎないことがあり、自分自身の視野を狭くする恐れがあります。

この世界は、みんなの知らないことであふれています。そして、新たな発見にはドキドキがあり、とてもおもしろい!そのことに気づくことが、自分の夢や目標を見つけることにもつながるのではな いでしょうか?小学生のみんなも自分の知らない世界を探しに、最初の一歩を踏み出してみてください。

父は会社員、母は専業主婦で、うちはごく一般的な家庭でした。しかし、中学生のうちから一人旅に出るようになっても、世界各地を飛び回ることになっても、両親から反対されることは一度もありませんでした。それは、とてもありがたかったです。また両親とともに祖父(芥川賞受賞作家・石川淳氏)にも感謝しています。子どもの頃から祖父の家によく遊びに行き、執筆する祖父の姿を目にしていました。そこからものを書く仕事に対する憧れが芽生えたのかもしれません。
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