ゲリラ豪雨や竜巻の謎を研究して社会に役立てる!

牛尾知雄氏(大阪大学大学院工学研究科 准教授)夢をかなえるために大事なこと3つ

部活動に情熱を注いだ大学時代

牛尾知雄
1993年に大阪大学工学部電気工学科卒業。1998年からアメリカ航空宇宙局(NASA)の研究員として竜巻や雷の研究に従事。現在は大阪大学大学院工学研究科にて、世界最速のスキャニングを行う気象レーダを使った観測・研究に取り組む。

わたしは小さい頃から親に「自由は保証してあげる。だから好きなことをやりなさい」と言われて育ちました。おかげで興味を持ったことは一通 り経験することができました。

 小学の頃に熱中したのは野球で、当時、阪急ブレーブス(現オリックス・バファローズ)で活躍していた投手、山田久志氏に憧れていました。その影響から地元の野球チームに入ったのですが、練習がとてもハードで(苦笑)。放課後はもちろんのこと、毎朝6時半から早朝練習がありました。

その上、土曜・日曜は試合で、休 みはほとんどなし。家族と過ごす時間 もない状態が、だんだん辛くなり、ギブアップしてしまいました。

小学生の頃は野球に時間を割いていたこともあり、勉強には無頓着でした。けれど、中学校に入ってからは少しずつ勉強に励むようになり、高校受 験では地元で一番レベルの高い公立高 校に合格することができました。

しかし大学受験では、志望大学に合格できず、浪人することに。2度目の入試では大阪大学を受験。実社会役立てられる研究ができる電気工学科を選び、合格しました。

ただ、いざ大学に入ると、勉強よりも部活一色の生活になってしまって(笑)。私が所属したボート部は部員全員が合宿所で生活していました講義を受けている時間以外はほぼすべて練習に費やしていました。早朝からハードな練習を行うので、朝の8 時頃には「今日も充実した一日だった!」という感覚に陥るほど(笑)。この頃、一心不乱に運動に打ち込んだこで、粘り強く研究を続ける上で必要な体力を鍛えられたように感じます。

NASAでの研究が課題発見のきっかけに

大阪大学時代の写真。雷の現象を解明するため、研究室の仲間と実験に明け暮れた。

部活に打ち込んでいた大学生活に転機が訪れたのは、4年生のとき。電力工学の研究室に進み、雷による停電を食い止めるための研究を行うチームに入りました。そこでは、雷の現象を解明するために雷の電波を検出するシステムの開発に挑戦。この研究テーマに強い魅力を感じ、博士課程でも同じテーマに取り組みました。そして、大学院を終了した後、アメリカへ渡り、NASAで雷と竜巻に関する研究に明け暮れました。

当時、竜巻が発生する数分前から雷が急増することがわかっていました。かみなりは、積乱雲が発生してから起こります。そのため、人工衛星から送られる雲のレーダ画像をチェックし、雷が発生して地面に落ちるまでの流れを調べることで、竜巻の起こる場 所、さらには雷との因果関係を解明することができます。ところが当時のレーダは、5分、10分間隔でしか画像を送ることができませんでした。一方、雷は秒単位で変化します。つまり、既存のレーダでは雷を細かく分析することが難しかったのです。

「レーダ画像を改善しない限り雷の研究は前に進まない」

そう痛感した私は、短時間にデータを得ることができるレーダをつくりたいと考えるようになりました。

従来の常識を覆す新型レーダを開発!

1998年からアメリカに渡り、NASAで研究に従事。雷や竜巻の研究に没頭し、視野を広げる。

現在、高分解能「フェーズドアレイ気象レーダ」を用いた研究に取り組んでいます。そのきっかけは、世界で初めて人工衛星搭載レーダを開発した岡本謙一先生との出会いでした。

岡本先生が通信総合研究所(現情報通信研究機構NICT)から大阪府大学に移ることになったとき、「弟で子を育てたことがなかったから」と理で、私を助手として採用してくれまた。私の研究テーマは、それまで雷ばかり。レーダに関する研究は、すべて岡本先生から教わりました。

 先生の下で研究を進めながら速スキャニングができるレーダの開発目指し、ついに研究予算の申請書を提出しました。通常、レーダは一台約1億円と高額で、新しいものを開発するとなると何10億円もかかります。当然、実績のないプロジェクトに大きな予算が与えられる可能性はとても低く、レーダを購入することもかなり難しい。その上、当時は一つのレーダで広範囲 をカバーできる大型レーダが主流で私が目指す技術とは性質の異なるものでした。

当然、周囲からは反発を受け、私自身、成功できるという確信は持てませんでした。それでも、「とにかく自分のオリジナリティを信じてみう!」と決意したのです。

残念ながら研究に必要なレーダは購入できませんでしたが、幸いにも総務省から若手研究者に対する予算をもらえることに。そのお金を使って、学生たちとレーダを自作しました。

このとき製作したレーダシステムは、降雨が落下する様子を数メートルおきにスキャニングできるものでした。これは当時画期的な成果であり学会で発表すると、会場にどよめきが起こるほど高い評価を受けたのです。私たちの研究に興味を持つメーカーも現れ、機械操作型の新しいレーダを共同開発しました。この研究成果も高く評価され、高分解能レーダの優位性が少しずつ認められていきます。

その後は、NICTやメーカーと協力して、さらに大きなプロジェクトをスタートさせました。それが、今も研究を続けているフェーズドアレイ気象レーダです。隙間のない3次元降水分布を、10秒間隔で100mにわたって観測することができます。

これにより、最近、日本各地で大きな被害をもたらしている、突発的竜巻やゲリラ豪雨などの兆候を、いち早く察知することが可能になりました。

自分を信じてまじめに努力する

大阪大学の研究棟の屋上につくられた気象レーダの内部。集中豪雨の予防に応用されることも期待されている。

かつては反対意見の多かった高分解能レーダですが、今や日本のスタンダードになりました。今後は、各自治体とも共同研究を行い、突発的な気象害の前触れを発見したり、多くの人短予報を配信するなどの仕組みをつくっていきたいと考えています。また、昔から強い関心を持っている雷と竜巻関係も明らかにしていきたいですね。

こうして今までの人生を振り返ってみると、小学生のときからまじめ人生を歩んできたと感じます。そんな自分の性格が嫌いになった時期もあります。けれど、まじめに努力する人間は、社会で必ず求められます。私も地道に努力を続けてきたからこそ、岡本生やNICTとのつながりが生まれ、信頼関係を築くことができたのです。

また、自分の考えを信じたことが、良い結果を生んだと言えるでしょう。人の意見を謙虚に受け止めながらも、周りに流されることなく、がんばり続ける。その努力がすぐには報われなかったとしても、将来大きな幸せが待っていることでしょう。

父からは、「自由に生きなさい。こうと信じたときは、 自分の気持ちに従い、失敗したときは元に戻ればいい」 と常々言われました。それは自分の言動に責任が伴うこ とでもあるので、子ども時代には厳しく感じることも。 しかし、自ら考え行動する大きなきっかけになりました。 一方母は、野球や勉強など、私が興味を持ったことに挑 戦する機会をたくさん与えてくれました。そのことに深 く感謝しています。
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