「電力を損失させない送電線を日本中の鉄道に普及させたい」

富田優氏 (鉄道総合技術研究所 超電導応用研究室長)夢をかなえるために大事なこと3つ

洗濯機やヒーターをつくった小学生時代

富田優氏
1965年福岡県生まれ。九州工業大学大学院修士課程を修了後、鉄道総合技術研究所に入所。超電導磁石の開発により文部科学大臣賞を受賞。研究所に籍を置きながら、マサチューセッツ工科大学(MIT)ヘの留学も経験。現在は最先端超電導技術の研究に従事する。

生まれ育った家の近くには国鉄(現在のJR)のローカル線の線路があり、さらに今は廃止になってしまった路面電車も当時はたくさん走っていました。そのため、小さい頃から電車にはとても興味がありましたね。

また、父親が工業用の機械工具を扱う事業を営んでいたため、機械いじりをするのも大好きでした。小学生になると、夏休みの自由研究では毎回、電化製品の製作にチャレンジしていました。

実際につくったのは、小型の洗濯機や温風ヒーター。もちろん、機械や電気関する高度な知識がない小学生のやることですから、失敗もしょっちゅうです。工作のために電気を使い過ぎて、家のブレーカーが落ちて停電したことが何度もありました。私が子どもの頃ころは、一度停電するとヒューズという部品を取り替えなくてはいけなかったので、その都度、電気屋さんまで走って買いに行ったものです。

家の冷蔵庫が故障したときは、「自分が修理する!」と言って分解し、取り返しのつかない状態にしてしまったこも(笑)。それでも、まったくひるむことなく、小学校で理科クラブを受け持っていた先生に質問しながら疑問を解決し、機械いじりに没頭しました。

低学年のうちは電池を使った工作が中心でしたが、学年が上がるにつれ、家庭の100V電源、つまりコンセントに接続するものへと変わっていきました。そのせいで、バチバチと電気回路をショートさせるような失敗も経験して(笑)。でも、感電して手に痛みを感じたときでさえ好奇心の方が勝り、「次こそは成功させる」という気持ちが高まっていきました。

こうして子どもの頃を振り返ってみると、自らの手を動かして試行錯誤を重ねる今の仕事と、やっていることは基本的に変わっていないように感じます。

世界一強力な磁力を生み出す機械を開発!

理科クラブの写真(中央が富田氏)。機械に関する疑問をクラブの先生によく質問していた。

中学、高校は地元の学校に進み、どちらもバスケットボール部に所属して部活動に打ち込みました。バスケ部の練習はいつもハードで、特に中学時代の顧問の先生はとても厳しい人でしたね。その分、技術は上達させることができたと思います。

また、中学ではキャプテン、高校では副キャプテンを務め、個性的な部員たちを一つにまとめる役割を担いました。

誰でも社会に出ると、ほかの人の意見に耳を傾けつつ自分の考えをしっかり持ち、それをきちんと伝えられるコミュニケーション能力、さらにはチームワークがとても大事であることに気づきます。バスケ部での経験は、社会人として必要不可欠な力を育てることにつながり、その後の研究生活の中でも大いに役立ちました。

中学・高校でも相変わらず機械いじりが好きだった私は、当然のことのように工学系の大学を希望し、九州工業大学に進学。さらに高度な知識を身につけようと進んだ大学院では、機械や設備などを分解・破壊することなく内部の様子を診断する分野の勉強などに取り組みました。

大学院の修士課程を終えた後に入所した鉄道総合技術研究所でも、当初は大学院で学んだことを生かして、新幹線の車両診断技術の開発に携わりました。その後、リニアモーターカーを動かす技術である超電導の研究を行うことになったのです。

その技術を高めていく過程で、強力な磁力を生み出す新技術も開発しました。みんなが知っている磁石を、もっともっと強力にしたものをつくったわけです。この研究成果が認められ、文部科学大臣賞を受賞。イギリスの有名な科学誌『ネイチャー』で紹介され、日本国内の新聞や報道番組でも取り上げられました。このときの磁力の強さは、今も世界最高記録として破られていません。

超電導技術の利点を鉄道の送電線に生かす

研究所に置かれた機械。これを使って超伝導の粉体材料をつくる。

私の超電導研究は海外の大学や研究機関にも伝わり、アメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)から留学の話が来ました。

当時の上司が「ぜひ行って来なさい」と後押ししてくれたこともあり、アメリカ留学を決心。結局、MITでの研究は3年間におよびました。

アメリカでの研究生活はとても充実していましたが、当初の予定よりも長引たため、途中から「鉄道総合技術研究所は自分のことをもう忘れているかもしれない」と思うようになっていました。そんなときに、当時の理事長が私を訪ねて渡米して来たのです。しかし、研究に没頭している私の気持ちを察してか、「戻ってきなさい」とは言いませんでした。そのことで、かえって私は鉄道総研のことを考えるようになり、日本に帰国する決意をしたのです。

帰国してから現在まで取り組んでいるのが、超電導技術を活用した送電ケーブルの実用化へ向けた研究開発です。電気というものは、電線を通して運ぼうとすると、電気抵抗によって失われる部分が生じます。穴の空いたバケツに水を入れて運ぶと、穴から水が漏れて、どんどん水が減ってしまいますよね。それと同じことが起きるのです。

超電導は、簡単に言えば、この電気の損失をゼロにする技術のこと。つまり、穴をふさぐ技術です。超電導の送電ケーブルを鉄道の施設に使えば、電気の損失をなくして電車を動かすことができるのです。

鉄道総合技術研究所内には実験用の鉄道線と超電導ケーブルが設置されており、実際に電車を走らせる実験を何度も繰り返してきました。

そして、2013年に超電導ケーブルで送電した電車を走らせることに成功。もちろん、これは世界でも初めての試みです。最初の実証実験では、ケーブルの長さは約30mでした。このケーブルをどんどん長くしていき、近い将来、日本のあらゆる鉄道路線に超電導ケーブルを設置することを目指しています。

得意なことだけでなく苦手分野にも挑戦しよう

鉄道総研で受けた研修の様子。場所は、リニアモーターカーの実験などを行っていた宮崎実験線。

私は小さい頃から機械いじりが好きでしたが、当時は自分が超電導技術の研究者になるなんて思ってもいませんでした。子どもの頃どころか、大学院で学んでいるときでさえ、今の自分の姿は想像できていなかった。自分の人生がどうなっていくのかは、本当にわからないものですね。

それでも、小さい頃から興味を持っていた鉄道の世界で研究者として活動を続けられるのは、とてもありがたいことです。それはおそらく、自分の得意分野であった機械や電気だけでなく、化学などの分野も幅広く勉強したことで、チャンスが増えたからではないでしょうか。

ですから、子どもたちにも得意な分野を一生懸命学ぶ一方で、苦手だと感じることにも積極的に取り組む姿勢を身につけてほしい。その努力は、将来必ず役に立つと思います。

子どもの頃は機械いじりに夢中になるあまり、家族が使っている電化製品を壊してしまうこともありました。そんなときも、両親は私の行動をやめさせようとはしませんでした。学校の勉強がおろそかになっても、興味のあることに熱中している私を注意することはほとんどなかったです。特に父はそうでした。私を一人の人間として扱い、「勉強が必要になったら、やるべきことをやるにちがいない」と信じ続けてくれた両親にはとても感謝しています。
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