「絶対に墜落しない安全な飛行機をつくりたい」

鈴木真二氏 (東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻 教授)夢をかなえるために大事なこと3つ

車と飛行機と理科実験にのめり込んだ少年時代

鈴木真二
1953年岐阜県生まれ。東京大学大学院教授。東京大学大学院工学系研究科航空工学専攻修士課程修了。豊田中央研究所に勤務する傍ら工学博士号を取得。1986年に東京大学工学部助教授となり、96年より現職。航空機の自律飛行制御、飛行ロボット開発などを行う。

生まれは岐阜県ですが、物心つく前に名古屋へ移り、大学進学までをそこで過ごしました。子どもの頃から飛行機と自動車が好きで、それらの模型をつくって遊んでいることが多かったですね。当時から、名古屋には車や飛行機をつくっている会社がたくさんあったことも影響しているかもしれません。小学校高学年のとき、戦後初の国産旅客機である"YS11"という飛行機を見学しに、名古屋の小牧空港へ行ったのは、強く心に残る体験でした。

また、その頃の担任の先生が教えてくれた理科の授業も、とても印象に残っています。理科実験のおもしろさを知って自分用の試験管を買い込み、家で一人で実験を楽しんでいたこともありましたね。物質を混ぜたり熱を加えたりすると、化学反応が起こることに魅力を感じていたのでしょう。

もともと飛行機や自動車が好きなことから、将来はエンジニアになりたいという思いをずっと抱いてました。その一方で、材料を混ぜ合わせたり熱したりという点で、好きな実験と共通する料理にも興味がわいて、コックさんに憧れていた時期もありました。

中学生になると、社会クラブに入部しました。地元の会社などを訪問して見聞を広めるのが目的の部活動でした。自動車や飛行機に対する興味は相変わらず続いていて、それらが載っている雑誌を眺めては、心を躍らせていたように記憶しています。

一冊の本との出会いが人生の進路を決きめた

大気圏外からの帰還を目指す紙ヒコーキは、全長約30cm。10か国語で「発見した方はJAXAに連絡をください」と書かれている。

高校は地元の進学校でした。部活動は生物部。小さい頃にもよく昆虫採集をしていましたが、生物部ではさらに本格的な蝶の採集を行いました。珍しい種類の蝶を求めて山間部で合宿をしながら採集に夢中になりました。

大学は工学系に進もうと考え、東京工業大学を受験。ところが、現役で合格できなかったため、1年間の浪人生活を送ることになりました。予備校へは通わず、自分で計画を立てて自宅で勉強しました。だれかに教えてもらうのではなく、自分のペースで勉強したいという気持ちが強かったためです。結果的には、東京大学に合格でき、その後の勉強や研究の進め方にとって良かったと思っています。

高校時代には、アメリカのアポロ計画でアポロ11号が月面着陸に成功するという出来事がありました。私にとっては、工学系の勉強がしたいという思いが、ますます強くなったきっかけでした。

そして、大学に入って手にした一冊の本も、自分の進路に関わる重要なきっかけだったと思います。その本とは、ジャーナリストの柳田邦男氏が著した『マッハの恐怖』で、実際に起こった航空機事故の原因について書かれたノンフィクションです。この読書体験を機に、航空機は、大勢の人の命を預かる乗り物であり、安全性が何よりも大事なのだということを改めて認識しました。飛行機の安全性を高める仕事に就きたいという気持ちが芽生え、大学院でも勉強を続けました。

しかし、当時は航空機業界に就職するのは大変難しかった時代で、結局、地元・名古屋にある自動車会社の研究所に就職しました。研究員を続けながら論文を書いて博士号の取得を目指していました。数年が経った1985年に起きたのが、"日本航空123便墜落事故"です。520名もの尊い人命が犠牲となった大惨事のニュースを耳にしたとき、私は激しいショックを受けました。

人工知能が航空機の操縦をサポートする

子どもたちに飛行機の仕組みやつくり方をレクチャー。「原理を教えるのは意外と難しいものです」(鈴木氏)

その翌年の1986年に博士号を取得し、私は東京大学の助教授となり、本格的に航空の研究を始めることになりました。以前から希望していた飛行機の安全性に関する研究を始めることになったのです。

まず私が注目したのは、ベテランパイロットの操縦技術です。長年の操縦経験を持つ熟練のパイロットは、着陸間際に計器類に頼らなくても、飛行機の現在の速度や高度を感知できるといった高度な技術を身につけています。しかし、このような能力は、経験によって養われるものであって、新人のパイロットが短期間で身につけるのは難しい。そこで、ベテランパイロットの脳の働きを細かく調べて数値化し、コンピュータのプログラムをつくる研究を行いました。つまり、ベテランの動作を人工知能によってコンピュータに覚えさせるわけです。これなら、人間が他人の動きを真似るよりも、速く正確にできるはず。特に故障などの異常事態が起こった場合の対処法を綿密に研究することで、操縦技術の安全性を向上させられます。

このような研究を発展させていけば、飛行中にもしも翼が折れたとしても、搭載してある人工知能が故障を検知し、その操縦性を自動で編み出し、事故を回避することだってできます。2年前には"墜落しない飛行機"の実験を模型飛行機で行い、成功をおさめることができました。いかなる状況においても人命を守れる飛行機の開発には、さらに高度な技術の研究が必要です。しかし、どのような困難があろうとも、実現を夢見て前進していくつもりです。

道を拓くのは"常識"に挑戦する心

全日本学生室内飛行ロボットコンテスト"での1枚。室内で遠隔操作できる航空機を設計・製作して、その飛行を競う大会を開催している。「大学生になったらぜひ参加してほしいです」(鈴木氏)

本業の研究とは別に、子どもたちに飛行機が飛ぶ仕組みを教える活動も行ってきました。テレビ番組制作のお手伝いが縁で、"折り紙ヒコーキ協会"の戸田会長と知り合いになったのがきっかけです。会長と話をする中で、「紙ヒコーキを宇宙から飛ばして、スペースシャトルのように帰還させることはできないだろうか」という話題になりました。大気圏に突入するとスペースシャトルの機体は摂氏1600度以上の高温になるため、誰に話しても「そんなことはできるわけがない」と、あきれられてしまうような話です。

それでも、調べたり、あらゆる専門家に相談するうちに、紙を熱から守る特殊な化学処理技術など、不可能を可能に変えるヒントが見つかったのです。それで、さまざまな工夫を行った結果、宇宙からの帰還と似た条件での実験で、紙ヒコーキがマッハ7の気流にも耐えられることを実証できました。

アメリカに"ロケットの父"と呼ばれた研究者がいたのを知っていますか。その人の名はロバート・ゴダード。1926年に最初の液体燃料ロケットを打ち上げました。当時、ゴダードは「ロケットを宇宙空間まで飛ばすなんて、できっこない」「非常識だ」と言われ続けましたが、彼の考えは間違っていませんでした。何かを成し遂げるために大切なのは、「できっこない」と、簡単にあきらめてしまわないこと。

ゴダードの「昨日の夢は、今日の希望であり、明日には現実となる」という言葉を、これを読んでくれたみんなに贈りたいと思います

子どもの頃に親が昆虫採集に連れて行ってくれ、自然に親しんだのを思い出します。自分が親となってからは、子どもが通っていた四谷大塚の先生から「五感を刺激して世界を広げる体験をたくさんさせてください」とアドバイスしてもらったこともあって、博物館、美術館、科学館など、我が子をいろいろな場所へ連れて行きました。子どもと一緒に非日常の世界を体験する行動は、親自身にとっても勉強になったり気づきを得られたりという、ありがたいものでもあるように思います。
夢を追って
「最先端のミツバチの研究で日本の農業問題に貢献した...
私は、外で遊ぶのが大好きな子どもでした。小学校では、休み時間を過ぎても運動場で遊んでいたり、先生の言...>>続きを読む
気になる部活調査隊
ヨット帆走から自然の偉大さと命の大切さを学ぶ
逗子湾に面した逗子開成中学校・高等学校は、その環境を生かした「海洋教育」を重視。すべての生徒が在学中...>>続きを読む
サイトマップ
人気記事ランキング
01 特集
そのひと言が子どもを変える! 学力を伸ばすほめ方・励まし方
02 スペシャルウィーク
9歳までに身につけたい国語力
03 子育てに効く脳科学のお話
頭をよくする方法はある?

サイト内検索
 

RSS登録
これまでの特集記事



気になる記事ピックアップ
これまでに公開された記事の中から気になる記事をランダムでピックアップし、表示しています。