「複雑で専門的な科学の世界を正しく楽しく世の中に伝えたい」

瀬尾拡史氏 (医師、サイエンスCGクリエイター)夢をかなえるために大事なこと3つ

中2のときに観た科学番組に感動!

瀬尾拡史
1985年東京都生まれ。サイエンスCG制作会社「サイアメント」代表取締役。東京大学医学部医学科卒業後、東京大学医学部附属病院に2年間勤務。学生時代から学業、医療活動と並行してCG制作を行い、東京大学総長賞・総長大賞、デジタルハリウッド学長賞などを受賞。

3、4歳の頃に算数塾に通い始めて、足し算、引き算などの計算式を解くのがおもしろくてはまりました。クイズやパズルを解くような感覚だったんですよね。答えを自分の力で導き出すのが楽しくて、小学校に上がる前には方程式や因数分解の問題を解いていました。小学生になると、算数はもちろん、理科の授業も好きでした。実験が楽しくて、水溶液の色がさっと変わるときなんかのワクワク感がたまらなかったんです。

足が速かったから、体育も得意でしたね。運動会のリレーでは毎回、代表選手に選出されていて、小4、5年のときは陸上部に所属していました。算数の楽しさを知ったことがきっかけで塾へも通っていたんです。親に「勉強しなさい」と一度も言われたことはありませんでしたが、まわりの生徒たちと同じように、中学受験を経験。結果的に、文化祭を見学して校風が気に入った筑波大学附属駒場中学校へ進学しました。

筑駒は、制服も、厳しい校則もなくて自由な学校で、ユニークな生徒がたくさんいる刺激的なところでした。中には、数学オリンピックの最多出場記録をつくった同級生もいました。僕は「ああ、こんなすごい人がいるんだから、数学者の道はもういいや」と、早々と将来の夢の変更を決めることになったんです(笑)。

CG制作に興味を抱くきっかけになったのは、中2のときに観たNHKの番組。『驚異の小宇宙・人体』というタイトルで、遺伝子とか細胞とか、人体内の様子をCGを使ってわかりやすく解説する内容でした。とてもおもしろくて映像が印象に残り、「こういうものが自分でもつくれたらいいな」と思ったんです。部活動は「パーソナルコンピュータ研究部」に入っていました。中高一貫校なので、高校生の先輩が指導してくれて、CGのプログラミングにも挑戦しました。中学生だけだったらそこまで高度なことは自分たちだけではできなかったでしょうから、筑駒で学んで本当によかったと思います。

夢のために一念発起し東大医学部へ

筑駒中時代の1枚。「人数が少ない学校なので、学年全員と友だちになれる環境でしたね」(瀬尾氏)

夢のために一念発起し東大医学部へ自分の将来をはっきりと決めることになったのは高2のときです。偶然にも、中学生のときに衝撃を受けたあの番組が、生物の授業の教材として使われたのです。サイエンスCGが実際に世の中の役に立つという実感もあって、「この偶然は僕の人生を決定づけるものだ!」と思いました。

まずは文化祭で使用する映像を制作しました。「将来的にはこういう映像をつくりたいんです」という話をしたら、技術家庭科の先生がソフトウェアの会社などに交渉してくださって、映像制作ソフトや大型モニターを使わせてもらうことができました。自分の得意なことで人に喜こんでもらう体験を得て、ますます将来の進路に対する決意が固まったのを思い出します。中高を通して、刺激を与えてくれる同級生、尊敬できる先輩、本気でサポートしてくれる先生に出会えたのは、本当に幸運だったと思います。

CGの制作者になるためには、その方面の専門学校に進むのが近道かもしれません。しかし僕は、人体を始めとする科学的な専門知識を幅広くしっかりと身につけたいという気持ちが大きく、東大医学部に目標を定め、一浪の末に入学を果たしました。現役時は合格圏内に到るには偏差値が30近くも足らず、進路変更するようにすすめられたのですが、「サイエンスを学ぶのであれば、総合大学、かつ最高峰の東大で」と決めていたので、猛勉強しました。何のために大学を受験するのかはっきりしていれば、どんなに大変でもがんばれます。そういった意味で、みんなも、自分の将来を考えるうえで、常に目標を明確にすることを心がけるとよいと思います。

ですから、大学に入ってからも、教養課程の勉強をきっちりとこなしつつ、1年生の冬からはCG制作の専門学校であるデジタルハリウッドへ通い始めました。大学の勉強の傍ら、バレーボール部に所属して週4日の部活動をしながら、家庭教師のアルバイトも行ない、合間にCGの制作に勤しむ毎日。あまりの過密スケジュールにまわりの人たちは驚いていましたが、「大学生としてできることをひとつとしておろそかにしたくない」という気持ちが僕を動かしていました。結果的てきに、そのような時間を過ごした体験が、今の僕の財産になっていると言えます。

裁判の資料画像が認められ総長賞受賞

母校での講演会など、自らの職業を広く知らせる機会も増えたそう。

医学部の専門課程に入って、法医学の先生とお話をする機会がありました。このときCGのことを話したのがきっかけで、実際の裁判のための資料画像を制作させてもらうことになりました。さらには、この件が評価されて、東大総長賞と総長大賞も受賞することに。裁判は人の人生を左右する場であり、CG制作を通じて人の役に立てたという手応えを得たことは、僕にとって大きな励みになりました。

大学在学中には、アメリカとカナダに合計2か月間の短期留学も行いました。あちらでは、サイエンス系の映像制作が職業として確立していて、技術を持った人が数多く活躍しているからです。現地で技術に磨きをかけられたことはもちろんですが、どの学生もプロフェッショナルとしての意識を持っていることに刺激を受けました。「日本の学生にくらべて、学びに対する真剣みの度合いが違う」と何度も感じたものです。

科学の専門家と映像の制作者をつなぐ役割

研修医時代も、患者さんが医師の説明でどのようなところをわかりにくいと感じるのか意識しながら現場に立っていたという。

この3月で研修医としての任期を終え、本格的にCG制作に取り組み始めました。「せっかくお医者さんになれたのにやめるのですか?」と言われることもありますが、正直、医療活動は僕がやらなくても、なくなってしまうことはありません。その一方で、サイエンスCGはまさにこれからの分野。医学的な知識とCG技術の両方を身につけた僕が、医療関係者と映像制作者の間に入って橋渡しの役を担うことで、ますます進化し、世の中の役に立つものになるのは間違いありません。

これまでの制作活動がきっかけで、今では会社組織を率いる立場になりました。おかげで個人では対応できなかった制作も手がけられるようになっています。人が一人でやれることにはどうしても限界かいがあります。僕より絵のうまい人が描けばCGの完成度がそれだけ上がるし、お金のことをきちんと考えられる経営のプロが会社にいてくれるから、僕は自分自身の役割に専念できるのです。

これからも人の縁に感謝し、それを大切にしていきたい。そして、専門的でわかりにくくなりがちなサイエンスの世界を、CGを用いて、子どもからお年寄りまでできるだけ多くの人に「正しく、楽しく」伝えることに努めていきます。

僕の人生について、何ひとつ強制しなかったことに最も感謝しています。テストの点や成績表に対して何か言われたことは一度もありませんでした。一方で、僕が興味を示したことに対しては、理解してくれましたね。知識を増やしたり技術を磨いたりするために必要なものに、惜しまずお金を出してくれたのもありがたいと感じています。また、うちは両親が共働きの家庭でしたから、毎日の食事をつくるなど、自分自身の世話は人に頼らず、自ら行う習慣が身につきました。
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