「ロボットで世界中を幸せにするのが,僕の目指す世界制覇」

古田貴之氏 (千葉工業大学 未来ロボット技術研究センター 所長)夢をかなえるために大事なこと3つ

鉄腕アトムをつくった博士に憧れる

ロボットをつくる人に憧れたのは、3歳のときにテレビで『鉄腕アトム』を観たから。アトムもすごいんだけど、それをつくった博士はもっとすごいと思いました。博士がいれば、アトムはいくらでもできるわけだから。

それで、その体験からまもなくインドに移り住むことになるんです。インドで仲なかよくなったのが、日本から来た偉いお坊さん。その人はいろんなことを教えてくれました。中でも一番印象に残っているのが、「人の目に見えるものは物事の一面でしかない。本質は見えないところにある」という教え。それで、僕は本質を考える人間になろうと決めたんです。

で、7歳で日本に帰って来てみたら、学校は僕にとっては、何かにつけてガッカリするところでした。人と同じことをやらないといけない。先生の思うとおりの答えを言わないといけない。女の子を「さん」づけで呼ぶと、「おまえはあいつが好きなのか」と、くだらないからかわれ方をする。僕はクラスの中で「のけ者もの」になってしまったんです。

だから、学校では目立たない生徒として生活する一方で、家では自分の好きなことをやるようになりました。小さい頃からプラモデルづくりが好きで、そのうちそれにも飽きて、一から自分で模型をつくりたくなって、町の図書館に毎日通って、設計の専門書を借りて読んでいましたよ。そんな子だったから、目立たないようにはしていたものの、割り箸でつくる輪ゴム鉄砲が流行ったときは、さすがに気持ちに火がついたというか。プラモデルで工作の腕は鍛えているから、割箸はしの代わりに角材を使つかって、背負うほどの大きさがある200連発のすごいのをつくった。クラス中のやつを負かして「ざまあみろ」と勝ち誇ってました(笑)。

難病克服で動き出した世界制覇の計画

インドに住んでいた3歳頃の古田氏(写真左下)。母親と一緒にニューデリーの映画館に遊びに行ったそう。

中学に入ると、自分では思ってもみなかった長い入院生活が待っていました。14歳のとき、体育の授業中にグラウンドで意識を失って入院。いきなり車いす生活になるし、「長くても8年しか生きられない」と宣告されてしまった。同じ病室の患者 さんが次々と亡くなっていく状況もあって、当初は本当に絶望的な気持もちになりましたよ。だけど、そのうちインドで教わったことが頭に浮かんできた。「本質を考えよう!」。そう思ってからは、痛みは単なる信号として受けとめられるようになったし、自分が生まれてきた意味を深く考えるようになった。それで、かっこいい車いすロボットの設計を始めたんです。結局、このときに考えたロボットは、まもなく形になる予定です。僕は一度決めたらあきらめない。執念深いですからね(笑)。

そして、8年以上生きられた人がいなかったという難病が、2年経ったら奇跡的に治ってしまった。それで、僕の「ロボットによる世界制覇計画」が本格的に動き出したわけです。人が困っていること、人にできないことをロボットを使ってやって、世界中の人を一人残らず喜こばせ、感動させる。それこそが、僕の目指す「世界制覇」なんです。

だから、中学に戻った僕はすぐにソフトウェアの勉強を始めた。高校ではエレクトロニクス。とにかくロボットづくりに必要な知識を身につけることに一生懸命になった。アメリカからロボット開発のすごい先生が帰ってきたという話を聞いて、大学はその先生のいるところに入ったんです。

失明危機を乗り越えてロボットを次々に開発

福島第一原子力発電所に投入したレスキューロボット。現在も人の立ち入れない原発建屋内で、データ収集や調査を行なっている。

大学には、ゼミという専門的な勉強をする授業があって、通常は4年生のためのもの。ロボットの勉強をしたくてたまらない僕は、1年生なのにいきなり先生のところへ行って直談判。無理やりゼミに押しかけたんです。そのときは、「世界制覇はだれにもジャマさせない」と意気込んでいたから、先輩と一緒にチームを組まされるのも嫌でした。ロボットのことに関しては自分のほうがずっと詳しいから、ひどい言い方かもしれないけれど、足手まといなんですよね(笑)。だから、先輩がやる一週間分の作業を先回りして一人でやって、「あれはやっておきました」などと言って、先輩のやることをなくしてしまう。それで、やる気きをなくさせて追い出したりしてました。

人が一週間かけてやることを一日でやって、一年かけてやることだったら一か月でやる。周囲からは一目置かれましたよ。だけど、ひと月の睡眠時間が合計10時間 かんなんていう状態だったから、ついには体が悲鳴をあげて病気になってしまった。今度は「このままでは失明する」と宣告されたんです。

一人でやることの限界にぶつかったこともあって、その経験を境に、人と協調して作業や研究を進めることを覚えました。仲間と力を合わせて何かを成し遂げるのは、やってみれば楽しかったんですね。だから、独りよがりにならず、チームワークを活かして仕事をする姿勢を、今も大切にしています。

大学院、大学助手などを経て現在に至るまで、さまざまなロボット開発に取り組んできました。ヒト型がたで二足歩行するもの、クルマのような形のもの、福島原発で、人が立ち入れない場所での事故処理作業を行なっているのも、僕がつくったロボットです。形や動きはそれぞれでも、僕の目的はただひとつ。ずっと変わっていません。人を幸せにする「世界制覇」です。

人生は一度きりだから夢を叶えよう!

東京スカイツリータウン内にある千葉工業大学のキャンパスで、古田氏のロボットや研究活動が紹介されている。

このコーナーが「夢のかなえかた」について語るところだと聞いて、ぜひみんなに伝えたいことがあります。「サッカー選手になれたらいいなあ」とか「できたらお医者さんになりたい」というのは、実はまだ「夢」ではありません。それは「願望 」です。夢は、願望と違って、実現させるためにある。人生は一度きり。そして、だれのものでもなく自分自身のもの。人生を終えるときに「満足な一生だった」と、幸せな気持ちで思うために、自ら望んで決めた人生を生きなくては。

そのために、何をしたら自分は満足できるのか、しっかり考えてください。職業ではなく、その職業に就いて何をするか。それが大事なんです。次に、どうしたらなりたい仕事に就けるか、方法を考え続ける。勉強や努力をするのは、やりたいことを実現する力や立場を手に入れるため。自分の目標が決まっていれば、必要なことは自ずと見えるし、自発的に努力するはず。苦手なことは捨ててもいい。その代わりに、これだと思えることは、やり続けてください。どんなことがあってもあきらめずに。だれにも 負けないぐらいに。

これを読んだみんなが思いをかなえ、自分自身の仕事を愛して、満足のいく人生を歩むことを心から願っています。

感謝していることは大きくふたつ。まず何より僕を生んでくれたことに感謝したい。この世に生まれなければ、満足できる人生を送ることもできませんよね。次に、やりたいことをやらせてくれたことに対して。子どもの頃に大好きなプラモデルを買い与え続けてくれたおかげで、今の僕があるとも言えるから。インドに住んだことも大切な出来事です。外で遊んでいると倒れてしまうほど暑かったので、室内でロボットを組み立てたり、機械を分解したりするのが、僕の主な遊びでしたから。
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