「身近な目標をクリアし続ければ夢は遠い存在じゃない!」

入江陵介さん (水泳選手)夢をかなえるために大事なこと3つ

水泳と勉強の両立が大変だった!

大阪・天王寺の自宅近くにあった地元のスイミングスクールに通い出したのが、3歳の頃でした。6つ上のお姉ちゃんと3つ上のお兄ちゃんが通っていたから、一緒に通うようになったのだと思います。その頃の記憶はまったくないなぁ。ただ、お父さんやお母さんからやりなさいと強制されたことはなかったし、生活の一部として、何となく始めた感じだったんでしょうね。幼稚園の頃にプールに浸かって遊んでいたことはぼんやりと覚えているんですけど。 

3つ年上のお兄ちゃんは、小学校の頃からすでに注目の選手でした。大阪だけではなく、全国レベルの大会でも、たびたび優勝していたくらい。スゴイなぁ~と思いましたが、がむしゃらに追いつこう!と思ったことはなかったですね。水泳がそんなに好きじゃなかったんだと思います(笑)。もちろんイヤイヤやっていたわけじゃありませんが、楽しんでやろうと何となく思っていました。 

小学校2年生になると、お兄ちゃんがすでに通っていた「イトマンスイミングスクール」の玉出校(大阪市住之江区)に通い始めました。スクールに入った当初は、練習についていくだけでも大変でした。まわりにレベルの高い選手が多かったんです。「全然ダメだな」と自分で思ったのを覚えています。そこで、まずはみんなのレベルに追いつくことから始めようと思いました。 

小学校の頃は、月曜から土曜の夕方に練習がありました。学校が終わったら一度家に帰って、5~6 時から2時間くらい泳いでから帰るという生活。週に2~3回の朝練もありました。朝5時半から1 時間半くらい。それが終おわって家に戻ってから学校に向かいました。 

そのほかに、土曜日は昼に学校が終わってからのピアノのレッスンと、いつ行っていたか忘れましたが、習字にも通っていました。ピアノも習字もキライじゃなかったけど、好きでもなかったです。水泳同様、ただやっているだけという感じでした。 当時、一番好きだったのは、学校の友だちと遊ぶこと。でも、水泳や習い事で時間がなかったので、休み時間にドッヂボールをしたり、練習や習い事がないときに遊ぶ程度でした。だけどとにかく楽しかったのを覚えています。 

ただ、学校の勉強と水泳を両立するのが大変でしたね。時間的にはもちろん、体力的にもしんどかった。でも、自分だけがきついスケジュールをこなしているわけじゃないと思い、いかに効率的に勉強できるかを考えていました。

背泳ぎを始めて、水泳に真剣に向き合うように

所属しているイトマンスイミングスクールのプールでの練習風景。練習中は張りつめた雰囲気で真剣そのもの。

何となくやっていた水泳を真剣にがんばりだしたのは、やっぱり中学になって背泳ぎに転向したときかな。小学校6年生まではクロールを専門にやっていたんですが、ぜんぜん勝てませんでした。小学生くらいだと、専門の種目を2つ持っていたり専門種目を変えることは、珍しいことではないんです。ボクも、小学校後半からクロールと背泳ぎの両方に出場していましたから。当時から自分でも背泳ぎならば速いと感じていたし、回りの方からのすすめもあって、中学から背泳ぎを専門にすることにしたんです。 

そうしたら、どんどん記録が伸びていったんです。中学で全国トップになったあたりからでしょうか。勝負の楽しさや、勝つことの喜びを知った気がします。それまでのただやっているだけの水泳から、真剣に向かい合う水泳に変わり、練習にも気合いが入るようになりました。 

中学時代は、学校の勉強もがんばっていました。ただ、塾に行く時間はなかったし、予習や復習をすることも十分できませんでしたね。そこで、できるだけ授業中に覚えることにしたんです。授業のノートを後で見かえしたとき、パッとわかるように工夫して書くようにしていました。コツはとにかく丁寧に書くこと。汚く書くのはダメですね。見やすいように色づかいに気を付けました。だれかに教わったわけではありません。勉強が好きだったわけでもありません。ただ、やらなければいけないという気持ちでやっていました。時間がない中で効率的にいい点数を取るならば、こうするしかありませんでした。 

そんなこともあって、高校受験の際には悩みました。大阪の地元の公立高校に行って勉強でやっていきたいという気持ちもありました。だけど、全国トップがとれるようになった水泳を捨てるのはもったいないと思い、水泳に集中できる近畿大学附属高校に進学したんです。

夢を実現するために何をすればいいか?

「夢をかなえるためには、まず身近な目標をクリアすること」と話してくれた入江選手。

去年、背泳ぎで世界新記録を出したんです。だけど、そのときに履いていたのが、国際水泳連盟の認めていない水着だったということで、公式な記録にならなかったんです。なぜ?と思ったけれど、ボクは一生懸命泳ぐことしかできません。今は、国際水泳連盟が認めている水着で、もう一度、世界新記録を出すだけだ!と考えています。 

みんなもくじけそうになることってあると思う。カンタンには解決できることではないかもしれない。でも、くじけることは悪くないと思っています。とことん落ち込んだり、悩むことは必要なこと。ふらふらになるまで考え続けて、気持ちを爆発させればいいし、ひたすら泣き続けるのもいいと思う。その後は、きっとスッキリと気持ちを切り替えて、次の答えを見つけることができているはず。 水泳選手はタイムを縮められたときもそうですが、大会で勝ったときのうれしさは、計り知れないものがあります。それも大きい大会になるほどに、その喜びは大きい。体だけでなく心も、その大会に向けて整えていくんです。その状態で勝った瞬間、緊張感から解放される感じがたまらないんですよ。スポーツマンだけでなく、きっと何かに打ち込んだときには、みんなもそんな感覚を味わえるのではないかなと思います。 

ボクは今、日々水泳と向き合っている状態です。今の目標は1年1年自己ストを更新し続けていくこと。毎年ある国際大会で、なるべくメダルを、それもいい色のメダルをとっていくことですね。それが、自分の次の夢につながっていくと思っています。結果が悪かったら道も変わってくる。今はとにかく水泳に集中するしかないと思っています。あまり先を考えても、途中で何が起こるかわからない。しっかり地に足をつけて、やっていこうと思っています。みんなにも夢があると思います。でも、夢は遠いものと思っていないかな。だけど、それは考え方次第です。ボクは夢に到達するまでをいくつかに分けて、細かい目標を作るようにしています。まずは身近な目標を見つけて、それをひとつずつかなえていく。そうすることで、遠かった夢の存在が、グッと身近になってくるんです。小学生がいきなりオリンピックに出るのは難しいでしょ? 

でも、ひとつひとつ課題をクリアすれば、いつかオリンピックに出られるかもしれない。それはスポーツに限りません。身近な目標からコツコツとクリアすることで、実現できるはずです。

水泳に限らず、ウチの両親から「○○をしなさい!」と強制されたことは一度もありません。子どもの頃、スイミングスクールの送り迎えはしてくれましたけど、やらされている感はまったくありませんね。今でも自宅から通っています。父親は忙しくてほとんど話す時間はありませんが、母親とはよく話をします。でも、水泳のことを話すことはほとんどありません。何も言わないけれど、見守ってくれる感じがありがたいですね。特別なことはないです。普通の家庭と変わらないですよ。
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