「物質の最小単位を追究して究極の理論を完成させるのが夢」

田中純一氏(東京大学素粒子物理国際研究センター 准教授)夢をかなえるために大事なこと3つ

中学受験に失敗して高校受験でリベンジ

愛媛県の新居浜市に生まれて、中学までそこで過ごしました。海が近いところだったので、小3.小4あたりまでは、毎週のように友だちと海岸の堤防まで出かけて、海釣りをして遊んでいましたね。

小学校では、そこそこ勉強もスポーツもできる生徒とでした。クラス委員にも毎年選ばれた記憶があります。かといって、自分から率先して前に出るタイプではありませんでしたから、とりわけ目立つ存在ではなかったと思います。

理科の実験や算数の問題を解くおもしろさを知ったのも小学生の頃。同時に、国語や社会にはあまり興味を抱けなくて、少しずつ苦手意識を持ち始めた時期でもありましたね。

小5のときには、市内に進学塾があるとを知って、親に「通わせてほしい」と自分から頼んで通塾するようになりました。そして、中高一貫教育の私立進学校を目指して受験したわけですが、残念ながら合格できず、地元の公立中学に進学したんです。ですから、当時の目標は、中学受験に失敗した学校へ高校から入ること。積極的に勉強に取り組み、学校こうでトップクラスの成績を維持しました。その一方で、軟式テニス部に入部し、部活動にも励みました。高校受験では、念願の志望校に合格。学校が松山にあったので、親元を離れて寮生活を送ることになりました。

東大医学部に合格して理学部で学びたい

父親との一枚。「山へキジ撃ちに行ったり、とにかくアクティブな人でした」(田中氏)

進学校に入ると、周りは勉強のできる人ばかり。後れをとらないようにと、自然と気が引き締まりましたね。そのせいか、最初のテストでは高校からの入学組の中で、一番の成績をおさめることができました。そして、そのことをきっかけに「東大理Ⅲを目指そう」という新たな目標が生まれました。さらに、まもなく父ががんで他界したこともあって、ますます私わたしは進路に対する決意を固めていきました。 

そういうわけで、寮生活を送りながら勉強に意欲的に取り組みました。が、私の悪い癖というか、好きな科目ばかりをやって、苦手な科目はつい後回しにしてしまう。結局、現役受験には失敗し、目標を達成できませんでした。 

高校卒業後は、予備校に通って再挑戦すべく、すぐに上京しました。 

予備校では自分の人生にとって大きなできごとがありました。物理の先生の授業がおもしろく、受験勉強を越えて興味を持ち始めました。その授業との出会いが、今の道みちに進む最初のきっかけと言えるかもしれません。「あくまでも受験の目標は医学部だけど、東大に入ったら理学部で物理学を学びたい」とはっきりと意識したのを覚えています。 

翌年、理科Ⅲ類には合格できませんでしたが、理科Ⅰ類(理学部)に入ることができました。目標達成という意味では悔いは残りましたが、好きな分野を勉強できるのは、私にとってはよろこびでした。大学生のときには、進学塾で小学生を教えるアルバイトも経験しました。 学部の4年間を終えた後は、迷わず大学院に進学し、博士課程まで修めました。大学卒業後に大学院で5年間を過ごしたわけですが、その間に、私は一生を物理学の研究者として生きていくことを決心しました。

物理学に進化をもたらす新粒子の発見

高校時代。写真中央。「中学から入学した人に比べて勉強の進度が遅れているので、必死でした」(田中氏)

私が研究の対象としているのは、素粒子。素粒子とは、物質を形づくる最小の単位のことです。大きな岩を砕けば石になりますよね。石を砕けば小石となり、砂利に、そして微細な砂粒になる。そうやって、肉眼では見えない単位まで物質を小さく分けていって、もうこれ以上分解できない、究極の最小の塊が素粒子なのです。現在、研究者の間で常識とされる理論の上では、素粒子には17の種類があるとされています。その中でも50年前にその存在が予測されたものの、発見できていなかったのが、「ヒッグス粒子」という、ほかの素粒子の重さを生み出す特別な役割を持った素粒子です。

私たちは、海外の学者と協力しながら、スイスに設けられた施設で実験を繰り返し、この7月に念願のヒッグス粒子と見られる新粒子を発見するのに成功しました。今後さらに膨大な研究データの解析を進めないと、この新粒子がヒッグス粒子であると断定はできませんが、私たちは、この実験成果が物理学にとって大きな前進の一歩であることを確信しています。

正直なところ、ヒッグス粒子の発見によって、すぐに世の中が便利になったり、地球環境が改善されたりということが起きるわけではありません。しかし、素粒子の謎が解明されるということは、私たちの身のまわりで起こっているすべての現象の仕組や理由を解き明かす手がかりを得ることになるのです。

みんなも、勉強などでわからなかったことが、何かのきっかけで急にわかるようになると、「楽しい!」と感じることがあるでしょう。物理学によって行なわれる「真理の探究」も同じことです。昔は、原子という物質が世の中で最小のものと信じられていました。しかし、研究が進むにつれて、そうではないことがわかったのです。今後も物理学の研究が進んでいけば、新たな事実が解明されるでしょうし、これまでの常識を覆す理論が常識となるかもしれません。

学者が研究室を出て世界へ羽ばたく時代へ

欧州原子核研究機構(CERN)がヒッグス粒子発見を発表した今年7月4日の前夜、田中氏を含む解析責任者たちで祝賀会を開いたそう。

今回の新粒子発見にいたる実験は、準備・建設に10年以上かかった巨大国際プロジェクトです。その中心となる欧州原子核研究機構(CERN)はスイスにあります。私を含め、世界中から3千人もの物理学者が参加し、大規模な実験装置で、これまで1千兆回以上の実験が繰り返されました。私もこの10年、ヒッグス粒子を発見するために、スイスで研究を続けてきました。 

さまざまな国の学者との交流は、私自身にとっても非常に有意義な刺激となりました。このような国際協力は、一学者にも、物理学界全体にも成長をもたらすものだと思います。真理を求めて究極の理論に近づくためには、あらゆる国が手を携える国際協力がこれからも必要不可欠。その機会はますます増えていくのではないかと思われます。 

国際プロジェクトの研究の一員となって、私自身がつくづく感じるのは、苦手だった英語をもっとしっかり勉強しておけばよかったということ(笑)。 

今ではどのような分野でも、突き詰めていけば、国際レベルで活動するのが当然になります。専門分野は言うに及ばず、語学もできたほうが圧倒的に有利です。 

みんなには、得意科目はとことん勉強する一方で、苦手科目も、努力できる理由を見つけて克服してほしいと思います。

「多趣味」。ひと言で表すなら父親はそういう人でした。猟銃を手にして山へ入り、海では潜水や釣りに興じていました。私も小さいうちは、よく山や海へ連れていってもらい、自然に親しみました。高校に進学して父が亡くなった後、母が父の分も親としての務めを果たしてくれたのですが、私の進路に関してはひと言も口をはさむことはありませんでした。親元を離れてからも、自分のやりたいことに心おきなく取り組めたのは、母の支えがあったからだと、ありがたく感じています。
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