『はやぶさ』で宇宙開発は新時代へ

川口淳一郎氏 (JAXA 宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所 宇宙航行システム研究系 教授)

夢をかなえるために大事なこと3つ

ものづくりに夢中で星には興味がなかった

いたって普通の子どもだったと思います。校庭で遊んだり、ときには自然の中で走り回ったり。北国の青森で育ったので、冬になれば、ほかの子と同じようにスキーをやっていました。

ただ、理系分野に対する興味が芽ばえたのは、数学教師である父親の影響が少なからずあったからだと言えるでしょう。小学6年生の頃に、材料を買い集めて、倍率100倍の天体望遠鏡を組み立てたのを覚えています。ものをつくるのがおもしろくて、無心で組み立てたのですが、できあがった望遠鏡で星を眺めることには、実はほとんど興味がなかったですね。

中学生になると理科クラブに入って、ロケット推進装置の初歩的なものや、超音波の発信装置などを仲間とつくるのを楽しんでいました。

アメリカのアポロ計画によって、アポロ11号に乗った宇宙飛行士が月面に降り立ったのは、私が中学2年生のとき。世界中が注目し、熱狂した出来事でした。あの当時の日本は、ようやく小さな人工衛星を打ち上げた段階。次々に宇宙へと飛び立っていくアメリカと、日本の宇宙開発における技術力の圧倒的な差を感じたことも忘れません。とはいえ当時も、宇宙にそれほど特別な関心を持っていたわけではありませんでした。

高校時代は器械体操に打込み、卒業後は、京都大学の工学部機械工学科へ進みました。機械工学科を選んだのは、特に将来の進路に関して、明確な意志を持っていたからではありません。自分の得意科目と、漠然とした興味の方向性に照らし合わせて選びました。

宇宙開発の現場は斬新な発想の宝庫

1985年8月、宇宙探査機「すいせい」打ち上げ時のプロジェクトメンバーとの集合写真。

宇宙開発を将来の進路として定めようと考えたのは、大学院に進むことを決めたときでした。当時は、ハレー彗星探査機が日本国内で検討され始めた時期です。アメリカは太陽系外の探査も視野に入れて、無人惑星探査機「ボイジャー」を打ち上げており、スペースシャトルへと続く宇宙開発の新時代が幕を開けようとしていました。

アメリカと日本との実績の差は依然として大きく、「アメリカの後追いをしても仕方ない」という気持ちがありましたが、その一方で「この機を逃したら宇宙開発には関われない」と思うと、自分の中の宇宙への関心が、どんどん明確になってきたのです。

大学院生となった私は、宇宙科学研究所の前身である東京大学宇宙航空研究所の一員として研究のかたわら働き始めたも同然で、ここで、日本で初めて地球重力圏外へ脱出した探査機「さきがけ」や「すいせい」の打ち上げプロジェクトに関わったのです。

通称・宇宙研に入ったときの、一緒に働らく研究者に対する最初の印象と言えば、「変わった人たちの集まりだなぁ」というものでした。これは、悪い意味ではなく、むしろいい意味での表現です。つまり、古い考え方や固定観念にとらわれることなく、新しいアイデアを生み出せる集団だということです。何か問題にぶつかったときに、「こうだからできない」と考えるのではなく、「こうすればできる!」と前向きにとらえるのが、宇宙研のメンバーの基本的な考え方でした。

宇宙開発では、たとえばロケットは、試作機しかつくれません。一般的な工業製品ならば、何度も試作を重ねて完成品を形にしてから世に送り出すことが可能です。しかし、莫大な費用と時間を要する宇宙開発では、試作機で結果を出さねばならないため、リスクは大きくなります。もちろん、正しい答えはどこにも用意されてはいません。

そういった状況で、プロジェクトを推し進めていくには、既存の枠にとらわれることなく、自由に発想する姿勢がとても重要なのです。

7年間60億キロに及ぶ惑星間航行に成功

「はやぶさ」が7年間のミッションを終えた際のオペレーションルームでの一枚。川口氏も安堵の表情を浮かべる。

私が関わった数々の宇宙開発の取り組みの中で、ある意味、集大成と言えるのが、小惑星探査機「はやぶさ」のプロジェクトです。皆さんも、その名前を聞いたことがあると思います。「はやぶさ」は、7年もの月日を費やし、約60億キロの長い長い旅の末に、小惑星「イトカワ」の砂を地球に持ち帰ることに成功しました。地球外の天体から、地表の石や砂などを持ち帰ることを「サンプルリターン」と言います。小惑星からのサンプルリターンを、日本の研究者の有志が検討し始めたのは「はやぶさ」の打ち上げからおよそ20年近く前のことです。それまで、地球外の天体からサンプル持ち帰られたのは、アポロ計画による月の石だけでした。そのうえ、月は地球圏内の天体です。

地球を始めとする大きな惑星は重力が大きく、重いものは深部に沈みこみ、表面は、もっとも軽いものばかりです。つまり、かつて地球をつくった物質はほとんど地表には存在しないのです。地球上の物質を見たのでは、地球のもとの材料を知る手がかりとはなりません。しかし小惑星は重力が小さいので、重いものも軽いものも分隔てなく表面にあります。小惑星上の物質にこそ、太陽系や地球の起源を知る手がかりがあると考えられるのです。ですから、「はやぶさ」のプロジェクトは、私たち人類にとって、大きな意義のあることと言えるのです。

科学は大きな感動を与えてくれるもの

小惑星「イトカワ」に着陸するイメージ図。月以外の天体に着陸して持ち帰られた、世界初のサンプルとなる。

私は「はやぶさ」プロジェクトで、プロジェクトリーダーを務めました。集まったメンバーがとても優秀な人たちですから、大きな苦労を感じたことはありません。みんな、初めての経験ばかりという状況に刺激を受け、次々といろいろな提案をしてくるので、ある程度方向づけをしてまとめていくのが、苦労と言えば苦労だったかもしれません。

それでも、初めての試みに予想外の出来事はつきものです。「はやぶさ」のエンジンが止まったり、地球との通信が何度も途絶えたり、多くのトラブルに見舞われました。そのたび、これまでにない発想と幸運によって、なんとか乗りきることができたのです。それだけに、「はやぶさ」が地球に戻ってきたときの感動は、言葉では表現できないほど大きなものでした。この感動と達成感は、味わった者にしかわからないものです。

君たちが本当に興味のあるものが何か、また「これをやってみたい!」と、人生をかけられるほどのものにいつ出会えるのか。それは、人それぞれ。私にはわかりません。

ただ、私は宇宙開発の仕事を通じて科学技術のすばらしさを実感し、感動を味わった経験を持っています。科学技術は、人類がそれまで知らなかったことを知るのに役立ち、存在しなかったものを生み出す力があります。

もしも皆さんが科学の道に進むなら、同じ感動を分かち合える仲間が増えることを、心からうれしく思います。

子どもの興味の芽が成長するのを助けるために、天体望遠鏡から文学全集まで、知的好奇心の対象となるものを幅広く与えてくれました。私がラジオづくりに夢中になっているときは、父は横から口を出すことはなく、質問したときにだけアドバイスをくれました。今思えば、自分の頭で考えて工夫する態度を、身につけさせたかったのではないでしょうか。母もまた、好奇心旺盛な人で、いろいろな習いごとに熱中していました。興味のあることにまっすぐでいる姿勢を教えられた気がします。
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