夢は必ず自分の中にある。失敗を恐れずに挑戦しよう!

白石康次郎さん(海洋冒険家)

夢をかなえるために大事なこと3つ

人生を決定づけた海の広さへの感動

航海中は孤独との戦い。「海は言うことを聞いてくれません。人間の無力さ、自然の脅威を身をもって体感しました」(白石氏)。

生まれは東京なんだけど、幼稚園に入る前ぐらいに鎌倉に移ったんですよ。それで、海を見て、その大きさに心を動かされてしまった。「何てでっかいんだ。この広い海の向こうには何があるんだろう」と。僕がヨット乗りになった原点はすべてここなんです。

小学校と中学校は国立大学の附属校で過ごしました。お受験して入ったわけじゃなくて、くじ引きでした(笑)。とてもおおらかな学校でね。宿題はないし、低学年のうちは通知表もなかった。僕はのびのびやりすぎて、机ごと廊下に出されたりしましたよ(笑)。放課後は毎日のように、日が暮れるまでずっと友達と野球をやって遊んで、家に帰ったら大好きなプラモデルを夢中になって作ってた。もう、とにかく遊んでばっかりです(笑)。

そこは、生徒の自主性を育てる校風もよかった。修学旅行なんて、現地集合で現地解散。旅行中に行動をするグループ分けも、自分たちで話し合って決めるし、決まらなければ、何日でも生徒同士で話し合わせるんです。自分たちのことは自分たちで決めて、きちんと責任を持つ、ということを教わった気がしますね。

僕の家もまったく同じ。母親が小学1年生のときに交通事故で亡くなって、父親がしつけに厳しい人だったから、自分たちのことは、全部、自分たちでやっていました。寝坊したら遅刻するし、洗濯をするのを忘れていたら、まだ乾いていない体操服を着なきゃいけなかった。自ら行動しなければ、誰も何もやってくれない。自分が動かないと、どんなことでも何も始まらないんだと、身をもって知った時期でしたね。

世界一周の夢を追って憧れの人に弟子入り

白石さんの相棒「スピリット・オブ・ユーコー」。師匠の多田雄幸氏の名前を取ってつけられたヨットだ。

高校は、船員の資格を取れる水産高校へ進学しました。海を渡って外国へ行きたいという思いはずっとあったから。3年生は、実習でマグロ漁船に乗って、ハワイに行けるんですよ。それが何よりも魅力だった。今と違って、先生が体罰をもって教えるところがあったから、大変でしたけどね。でも、誤解をおそれずに言えば、僕はあれでよかったと思う。海に出れば自然の脅威にさらされることになるんです。嵐が来て、海に投げ出されたらもう助からない。だから、自分で自分の身を守らせるために、ときには厳しい指導も必要なんです。厳しいからといって、愛情がないわけじゃない。厳しい世界へ出て行く生徒のために、愛情をこめて自ら体を張って教えていたんだと思いますよ。そういう真剣勝負でしか伝わらないこともある。僕もヨット教室の指導では、体罰はないにしても、ときに厳しさをもって、子どもたちに接するようにしているんです。

高校時代には、僕の進路を決定的にした出来事がありました。多田雄幸という日本人が、単独世界一周ヨットレースで優勝したのをテレビで知ったんですよ。その人が書いた本を見つけて読んだときは、体が震えるぐらい感動したな。それで、僕も絶対にヨットで世界一周してやろうと決めた。

まず行動しなきゃ何も始まらないから、さっそく電話帳で多田さんの家の電話番号を見つけて、電話をかけましたよ。何度か電話したときに、ようやく多田さんと話すことができて、それで弟子にしてもらいました。

失意の日々を過ごして出会ったゲーテの言葉

セイルトレーニングも定期的に開催。「子どもたちがたくましく変わっていく姿を見るとうれしいですね」(白石氏)。

高3で、3か月の航海実習を経験し、身をもって海に関する知識を得て、その怖さも知りました。それでも世界一周の夢は変わらず、結局、高校を出たあとは、多田さんのもとで修行をする道を選びました。

師匠の多田さんのおかげで、ヨットレースチームの一員として競技に参加させてもらったり、造船所でヨットの作り方を教わったりと、修行に励みました。ようやくヨットでの単独無寄港世界一周を達成できたのは、26歳のときでした。でも、世界一周は一度でうまくいったわけじゃなくて、その前に二度失敗しているんです。ヨットは自動車と同じで、航海するためにたくさんの部品からできていてね。整備を万全にしたつもりでも、ちょっとしたことでひとつの部品の調子が悪くなると、走れなくなる。海の上で自力で修理できることもあるけれど、それができない場合は、陸に引き返すしかないんです。

一度目のときはまだしも、二度目の失敗となると、さすがに精神的に落ち込みました。絶対に世界一周してやると意気込んでいるだけに、失敗のショックも大きいんですよ。もう誰とも会いたくないぐらいに。そもそも、ヨットでの世界一周にはたくさんのお金がかかるから、いろいろな人に協力してもらわないといけない。だから、二度も失敗して帰ってくると、合わせる顔がない。悔しさだけじゃなくて、申し訳ないという気持ちになるから。

そんな風に、精神的にもどん底で夢をあきらめかけたとき、お世話になった人が一枚の額をくれたんです。そこには、ゲーテの言葉が書かかれていた。「大切なことは、大志を抱き、それを成し遂げる頭脳と忍耐を持つことである。そのほかはいずれも重要ではない」と。特に「そのほかはいずれも重要ではない」という言葉が心に響きました。申し訳なさばかりにとらわれていた自分を見つめ直し、どんな恥をかいてでも最後までやり抜こうと、気持ちが吹っ切れたんです。

世界一周をしたいという夢を達成できたのは、僕の夢が誰かに言われたものではなく、自分の心の中で自然にわき起こって大きくなったものだからなんだと思います。夢は与えられるものじゃなくて、いつも自分の心の中にあるもの。子どもたちには、そのことをわかってほしいんです。

精一杯取り組めば絶対に得るものがある

今はヨットレースも続けながら、ロープを結んだり活用したりするロープワークや、セイルトレーニングを子どもたちに教える時間を増やしています。

これからの時代を力強く生きていくためには、どんな試練に見舞われようとも、それを乗り越えられるだけの技術と精神力を身につけていることが大事だと、僕は考えています。そして、困難に負けない力をつけさせるのは、親であり大人の役割なんです。

今の子どもたちは、挑戦する前からあきらめてしまうところがあります。戦う前に負けそうだと感じたとたん、尻込みする。挑戦して失敗することだってありますよ。だからといって、逃げてばかりいては、まったく成長できないし、目指す場所へたどり着くことなんてできやしない。勝ち負けを気にせず、まずは思いきり挑戦してみなさい。結果はどうであれ、精一杯やったのなら、得られる何かが絶対にあるんだから。


小さい頃、父親は僕や兄におもちゃを買ってくれませんでした。その代わりに、一から自分で作らなければならないプラモデルなら買ってくれましたし、中学生のときにはパソコンを与えてもらいました。本格的な望遠鏡を買ってもらった兄は、今ではプラネタリウムのエンジニアになりました。父は、子どもたちの進路については口を出さず、自主性を重んじてくれた人。自分の好きなことを見つけて、それに向かって全力で突き進む僕たちを、温かく見守ってくれたことに感謝しています。
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