「わからないことだらけの宇宙の謎を解き明したい」

村山斉氏 (東京大学数物連携宇宙研究機構 機構長)

夢をかなえるために大事なこと3つ

暗記ものが苦手で実験が好きな生徒だった

ピアノの発表会。「レッスンをさぼって外で遊んでいたような子だったので、あまりいい出来ではなかったかな(笑)」(村山氏)

 自分ではあまり覚えていませんが、幼い頃はケンカばかりしている子だったようです。滑り台で、前の子が怖がってなかなか滑らないと、いきなり噛みついたりしていたらしくて(笑)。小学校に上がってからも、しょっちゅうケンカして、親が相手のところへ謝りに行っていました。団地の空き地でドッジボールしたり、自転車に乗ったり、ザリガニ釣りなんかもして遊んでいましたね。

 学校の勉強では、社会が苦手。行ったこともない山や川の名前を覚えるのが苦痛でした。なぜそんなことをやらなきゃいけないのかわからなくて、勉強するモチベーションが上がらなかった。でも、理科は好きで、科学雑誌をよく読んでいましたね。実験器具など毎号のふろくが楽しみでした。4年生のときに、親にラジオ製作のキットを買ってもらって組み立てたのも思い出しますね。

 6年生から中学3年生までは、ドイツで過ごしました。日本とはまるで違うことだらけで、刺激に満ちた日々でした。学んだのは日本人学校でしたが、やっぱり日本の学校とは、雰囲気や生徒の感覚が違うんです。だから、中学生になって、日本からやってきた同級生から「日本では中学生になると、先輩には敬語を使って話さないといけないんだよ」と聞かされたときは、本当に冗談だと思いましたね(笑)。

 高校は、帰国子女の受け入れ校で新設校だったせいか、自由な校風でした。理科の先生は、まったく教科書を使わず、授業はいつも実験室。生徒全員にひとつずつ角砂糖を渡して、「何を使ってもいいから、できるだけ小さくしてごらん」と言うんです。刃物とかすりこぎとか、各自で小さくする方法を考えて実行すると、今度は顕微鏡で砕いた粒を観察させて「どうだ。まだまだ大きいだろう」と。これは、あらゆる物を形づくる「原子」が、いかに微小であるかを感覚的にわからせるための授業なんです。授業としてはとてもおもしろかったんですが、受験にはまるで役に立たなかった(笑)。

 でも、偶然にも、その後の自分が、すべての物質の最小単位とされる「素粒子」研究の道に進むなんて、このときは考えてもいませんでしたね。

素粒子物理学は大学院で出会った一条の光

キャンパスには、至る所にホワイトボードや黒板があり、その場ですぐに数式を書いて議論ができる。

 大学時代は、授業にもほとんど出ず、オーケストラ部に入って、一日中コントラバスを弾いて過ごす生活でした。高校のときも、ラグビー、合唱、フォークソング、科学研究などの部をかけもちして、興味のあることに、全部首を突っ込こんでいました。そんな状態だから、いざ大学卒業という段階になっても、先のことを真剣に考えていなくて。とりあえず大学院に進もうと、軽い気持ちで進路を決めてしまいました。

 理由がいい加減だったからでしょうが、大学院に入ってみて、失敗したなぁと思いましたね。思っていたのと違うというか、みんなが取り組んでいるものに、まったく興味が持てなかったんです。暗記もの同様に、勉強に対するモチベーションがわかなくて、修士課程を修了したら、社会に出ようと思うようになりました。

 ところが、素粒子物理学との出会いで、気持ちがいっぺんに変わってしまったんです。日本ではこの分野の研究者が少なく、教えていただこうと思っていた先生が海外へ行くことになって、道が閉ざされたかに思えました。でも、先生に「もっと教えてください」とお願いしに行ったところ、「2年後に帰ってきたときに教えてもいいが、条件がある。講義を聴きたいという学生を集めておきなさい」と言われたんです。

 人気があるとは言えない分野なので、学内では人を集めることができませんでした。そこで、広島だの筑波だの、いろいろなところへ出向いて、必死になって学生を集めたのです。先生は、約束通りに帰国後に授業を設けてくださり、1年1か月の短い間でしたが、教えを受けることができました。

 博士課程修了後は、日本では珍らしく素粒子物理学に取り組んでいる、東北大学で研究員となりました。が、やはり研究仲間の多いアメリカへ行きたくなって、まもなく渡米したんです。アメリカの研究施設は、権威主義的なところがなく、自由で開放的な気分を味わえました。研究発表の場では、若くて無名でも、成果がすばらしいと感じれば、素直に褒めてもらえます。反対に、実績のあるベテランでも、過去の功績は関係なく、現在の研究だけで評価されます。そういう公正さに好感が持てました。

謎を解き明す研究は歓びに満ちている

ホールで発表をする村山氏。IPMUには、世界中からさまざまな分野の研究者が集まってくる。

 アメリカ時代に、東京大学で教えている先生方が日本から来て、数物連携宇宙研究機構(IPMU)設立への協力を依頼されたのが、現職にいたるきっかけですね。成り行きで機構長を務めることになったわけですが、自分が体験した海外の研究機関のよいところは、積極的に取り入れることにしたんです。たとえば、日本だけではなく、世界中から研究者を集めた組織にすること。そして、「3時のお茶の時間」を設けて、気軽に意見交換できる場もつくりました。

 もともとこの組織は、分野を超えた研究を行うのが目的です。天文、物理、数学といった分野の研究者を集めて、異分野の専門知識を活発に組み合わせ、新たな発見や問題解決に結びつけようということです。

 IPMUは、大きく言いえば「宇宙はどうやって始まったのか?」「宇宙は何でできているか?」「なぜ私たちは宇宙に存在するのか?」などの素朴な疑問の答えを見つける取り組みを行うところ。どれも、とても難しい問題です。そして、こうした研究は、すぐに世の中に役に立つ成果が出ないため、なぜこのような研究機関が必要なのかを、理解してもらいにくいという難しさもあります。そういう意味で、私たちは一般向けの講演会を、研究に差し障りのない範囲で企画をしたり、東大柏キャンパスの一般公開に、積極的に参加するように努めています。

 これを読んでいるみんなにも、まずは「宇宙には解明されていない謎がたくさんある」ということを知ってもらいたいですね。「どうしてわからないのだろう?」と疑問に思えば、自分で調べたり、考えたくなったりするはず。知りたいと思うのは、研究者でなくても、人間としては自然なことです。

 たとえば、クイズに挑戦して答えがひらめいたときは、とてもうれしい気持ちになりますよね。それと同じで、宇宙についての研究でも、「あ、そうか!」と謎が解ければ、こんなに楽しくて、わくわくすることはありません。

 科学の世界には、まだまだ多くの謎があります。一人でも多くの子どもが、だれも解いたことのない謎に挑戦してみようという気持ちになってくれることを願ってやみません。


好奇心が旺盛で「どうして?」と、しょっちゅう質問する子どもでしたが、父親は面倒そうなそぶりを見せることなく、丁寧に接してくれました。半導体の研究者でしたから、科学関係の質問にはすぐに答えてくれましたね。母は、大学の英文科出身だったこともあって、英語に対する私の興味を育てようと、英単語を耳で覚えられるレコードをよくかけてくれました。また、私は子どもの頃、ぜん息を患っている時期があり、両親は看病と治療のための経済的負担で苦労したのではないかと思いますが、支えてくれたことに本当に感謝しています。
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